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キチジョウソウ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

キチジョウソウ属

2022/11/08

現在、日本で使われている漢字の数は、常用漢字だけで2,136文字。いったい、東アジアで漢字という文字体系の総数は、いくつあるのでしょうか?異字体、旧字体、簡体字などもあります。漢字の全数を把握することは、困難に違いありません。

中国陝西(せんせい)省西安市の街角で見かけた看板には、やたらと字画の多い漢字が使われていました。この漢字は「biángbiángmiàn(ビアンビアンミエン=ビャンビャン麺)」と発音するらしいのです。ビアンとは、平らなことを意味する方言字の一つで、20世紀までに出版された書物では見当たらず、新しい漢字といわれています。珍しい物好きの私ですので食してみましたが、幅広の硬いスイトンのような食感でおいしくありません。私には再び食べたいと思うものではありませんでした。それにしても、このような創作漢字が生まれるなど、漢字は今もなお、発展途上なのだと思います。

植物名には、中国名がそのまま和訳され使われているものが数多くあります。これもその一つ。キチジョウソウReineckea carnea(ライネッケア カルネア)キジカクシ科キチジョウソウ属。中国では、吉祥草と書いて「jíxiáng cáo(ヂィーシィァン ツァォ)」と発音します。この植物は縁起がよい草とされ、さまざまな伝説があり、そのまま日本に伝えられています。

中国語の吉祥という漢字は、占いや神事から生まれた漢字です。「口」という漢字は、大きく口腔(こうくう)を開いた象形のほかに、占いに使う入れ物の象形ともいわれます。その上に刃物の象形(士)を置いた会意文字が「吉」です。しめすへん(ネ)は、いけにえをささげる台の象形。「祥」という漢字は、祭祀(さいし)で「羊」をささげることを意味していました。「吉祥」の成り立ちは、何やら血なまぐさいものですが、転じて現代では「よい兆し」「幸せが訪れる」と意味するようになりました。

キチジョウソウの属名Reineckeaは、ドイツの園芸家の名前です。種形容語のcarneaとは「肉色の」「肉紅色」という意味で、キチジョウソウの花茎や花色にちなみます。新しい分子分類体系においてユリ科は、大きく変貌を遂げたファミリーです。現在のキチジョウソウは、キジカクシ科に分類され1属1種が、東アジアの中国と日本に生息しています。

キチジョウソウは、中国において江蘇、浙江、雲南、安徽、江南、湖北、雲南、陝西など秦嶺(しんれい)山脈以南にある各省の標高170~3,200メートルの山地の湿った樹林下に広く生息しています。日本では、九州から関東に自生しているのですが、それが原生なのか、移入分布なのか意見が分かれています。幸せの兆しや縁起がよい植物として栽培されたこともあり、さらに日本の人家の多い場所に見られることなどから、私は移入分布説を支持しています。

キチジョウソウは、単子葉植物で常緑の宿根草です。地中もしくは、地上に露出する地下茎を四方に伸ばし広がります。先端から根を出して、平行脈を持った幅広の葉をあまたに展開します。この根の出た地下茎は、気候のよい時節に切り取ると簡単に増やせます。

キチジョウソウの生育環境は、腐植が豊富で排水がよい土質、暖かく湿った木の下や林縁です。特に明るい日陰が適地といえます。日当たりのよい場所に植えると、強い日差しで葉先が枯れ込み、葉色が抜ける障害を受けることが多いのです。

キチジョウソウの花茎は、葉より短く10cmくらいです。基本的に花は両生花ですが、栄養状態が悪い株は雌しべを付けない、雄性花がみられます。単子葉植物の花は3数性で、花被が6枚、雄しべが6本、雌しべが1本です。冬になると目立つ赤い実を付け、動物に食べられることによって種を拡散します。

キチジョウソウの英語名は、Chinese lucky grassです。中国においてキチジョウソウは、古代から宗教儀式と縁が深く、精神世界に影響を与えてきた植物でした。「釈迦(しゃか)が座る席にそれを敷き詰めた」とか「行方不明者の葬儀において、キチジョウソウで人型を作り火葬した」とか、めったに咲かないその花が咲くと、家に吉兆があると思われていたのです。

日本においてキチジョウソウは、庭の片隅に植えておけばよく花を付けますし、宗教と特に縁はないようです。それでも、このかわいい花に幸せの兆しを見いだすことは悪いことではありません。吉事や希望の花は小さく、葉に覆われてどこかに隠れています。秋も深まる11月、足元にある小さな植物を探すのによい時節になりました。

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次回は「黒衣の天使 Angelica (アンジェリカ属)」です。お楽しみに。

JADMA

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