小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その32]タイワンベニヒノキとラオスヒノキ
2023/01/10
世界球果図鑑は、2020年10月から始まり中断し、再開と再中断を経て、2度目の再開です。最終回で総集編を編さんしますので、細切れな掲載をお許しください。2022年3月に掲載した球果図鑑は、ヒノキ属を前後編で2回にわたりNo.77 ヒノキ、No.78 サワラ、No.79 ローソンヒノキについて紹介しました。ヒノキ属は、北アメリカと東アジアの東岸部の温帯降雨林に生息している樹種(じゅしゅ)でした。今回の『東アジア植物記』では、亜熱帯の亜高山降雨林に原生するヒノキの変種と、熱帯域である北回帰線の内側を主な生息地にしている、ヒノキ近縁種を追記します。
沖縄の首里城は、2019年10月に火災で消失しました。沖縄のシンボルの一つがなくなったことは残念という他にありません。この建築物には、南方に産する貴重な木材が使われていました。それは、タイワンヒノキ、タイワンベニヒノキなどです。両方の樹種は、ヒノキ同様に柔らかく腐敗に強い性質があることから、王宮や神殿などの建築に重宝される木材となります。
No.80 タイワンヒノキChamaecyparis obtusa var. formosana(カマエキパリス オブツサ バラエティ フルモーサナ)ヒノキ科ヒノキ属は、日本特産のヒノキの変種です。台湾の高山帯に生息していて、絶滅の危惧が増大している樹種として管理されています。画像はありませんので、基本種のヒノキChamaecyparis obtusaの木姿とヒノキ属球果を掲載しました。
台湾には、タイワンヒノキの他にヒノキ属の別種が原生しています。それは、タイワンベニヒノキChamaecyparis formosensis(カマエキパリス フルモーセンシス)ヒノキ科ヒノキ属。樹皮はサワラのように細く縦に裂け、赤褐色なので紅檜(ベニヒ)といわれます。属名のChamaecyparisは、小さな球果という意味でした。種形容語のformosensisは、その植物が台湾産であることを表します。
タイワンベニヒノキの種形容語formosensisについてもう少し詳しく解説します。元々のラテン語のformosusは「美しい」「華美な」「きれいな」「美形」という意味を持っています。大航海時代に東アジアの海上を航海中、ポルトガル船が未知の島(台湾)を見て、Ilha(島)Formosa(美しい)と名付けたのです。このことによりFormosaが、欧米において台湾を意味するようになりました。そして、formosensisの語尾に付く~ensisは、場所を表すラテン語なので、台湾+場所=台湾産という意味になります。
タイワンベニヒノキは、台湾固有のヒノキです。北部~中央部の山岳地帯に生息しています。そこは、亜熱帯域にありながら、標高は高く、冷涼で豊富な降水量がある生育環境なのです。この樹種は、50~60mほどになる高木です。長命なのですが成長が遅く、過去に過度な伐採で現在は、絶滅危惧種として保護されています。
タイワンベニヒノキの葉は、平たい鱗片葉(りんぺんよう)で裏と表があります。日本のヒノキとサワラでは、葉裏にある気孔線の白いワックスで、明確に区別ができます。[その30]でも紹介しましたが、気孔線の形がヒノキは「Y」字、サワラは「X」字です。タイワンベニヒノキは、葉裏が表面より薄い緑色をしていますが、気孔線と呼ばれる構造が不明確で視認できませんでした。タイワンベニヒノキの球果も確認できませんでした。資料によると、この植物の球果形状と大きさはサワラに近いとのことです。
続いて下の写真は、亜熱帯から熱帯域の山岳地帯に生息する、ヒノキ属の近縁とされる針葉樹です。
No.81 ラオスヒノキFokienia hodginsii(フォキエニア ホッジンシィ)ヒノキ科フッケンヒバ属。属名のFokieniaは中国の福建省を表します。種形容語のhodginsiiは、この植物の標本をヨーロッパに紹介したキャプテンHodgsins(ホッジンズ)に献名されています。
ラオスヒノキは、ピラミッド型の木姿を持つ常緑の針葉樹です。ラオス、ベトナム、中国の南東部の山岳地帯で、1,000m以上の標高に多く生息します。分布域を俯瞰(ふかん)的に調べると、南シナ海に沿った山地でありアジアモンスーンの通り道です。この地域は、ヒノキ属が生息する温帯降雨林と同じような環境だと思います。
ラオスヒノキの一番大きな特徴は、シャコバサボテンの葉に似た幅広の平たい鱗片葉です。この葉は、後ほど紹介するアスナロ属に似ています。
ラオスヒノキの鱗片葉には、明確な表裏があります。葉をひっくり返して観察すると裏面には白い気孔線が帯のように広がっていました。球果は、ヒノキ属のものに比べると大きく、長さ1.8cm、幅1.5cmほどです。
ラオスヒノキの若い球果が、葉の裏面にたわわに実っている様子です。これらは2年かけて成熟して種を放ちます。
ラオスヒノキの球果をヒノキと並べて比較しました。種鱗(しゅりん)は、両方とも軸に対し対生し、その数はそれぞれ同じ数のようです。ラオスヒノキの種鱗の方がヒノキより含水量が多いようで、乾燥すると盾状の種鱗はサワラのように中央部がへこみます。この、ラオスヒノキの原生種は、一属一種として登録されているのですが、これをヒノキ属(Chamaecyparis)に含める意見もあります。しかし、これから説明する観察の結果からいうと私はヒノキ属に含めるのに反対です。
なぜなら、ラオスヒノキとヒノキの球果に含まれている種子の形状が全く異なるからです。ラオスヒノキの種子の形状はマツ科の片羽の翼果(よくか)に似ており、一方でヒノキ種子は両翼タイプです。また、ヒノキは球果を1年で完成させますが、ラオスヒノキは2年で球果を作ることを勘案すると、ヒノキ属とするには無理があります。ラオスヒノキは、ヒノキに近縁であっても、一属一種であるという説を支持します。
次回は「世界球果図鑑[その33] クロベ属とアスナロ属」です。お楽しみに。