小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その34] 水松と側柏
2023/01/24
スイショウ(水松)という針葉樹をご存じでしょうか?スイショウ属は、古代に栄えた植物で、白亜紀後期から新生代前期の地層からは、この植物の化石が、北半球の全体で見つかっていて、この属がこの地球に繁栄していたことが分かっています。その後、氷河期などでスイショウ属は世界各地で絶滅し、現世には東アジア南部、ラオス、ベトナムにスイショウの1属1種が、わずかに原生するだけです。
No.82 スイショウ(水松)Glyptostrobus pensilis(グリプトストロバス ペンシリス)ヒノキ科スイショウ属。属名のGlyptostrobusは、glypto(切り込む)+strobus(球果)の合成語で「切れ込んだ球果」を表します。種形容語のpensilisは「ぶら下がった」という意味です。
スイショウ(水松)という和名ですが、マツ科ではなくヒノキ科の植物です。スイショウ属のスイショウが唯一最後の生き残りです。この植物の生育には、温暖気候と池や沼地、川岸など湿潤な環境が必要でした。この属は、地球の寒冷化・乾燥化に伴い、世界中で絶滅しました。英語でChinese swamp cypress「中国沼檜木(ヒノキ)」といいますが、中国南部の野生種は過度の伐採で絶滅しました。しかし、その地域において、地形や水流などの状態を考えあわせた風水によい樹木とされ、水田の際などに広く植えられ、人工の環境下で生存しています。
スイショウは20mほど育ちますが、それほど大きくならない高木です。枝は開出(かいしゅつ)し、やや下向きに配置されます。葉の色は明るい新緑色をしていて爽やかな感じがします。しかしながら、ずぶとく生き抜くたくましさが感じられません。絶滅の縁に立たされているはかなさを感じる樹木でした。
大きな木になると、幹周は1mにもなるといいます。スイショウは腐敗に強く、高級で貴重な木材とされ、過度に伐採されてきました。樹皮は厚く、灰褐色で縦方向に裂け目が生じます。
枝はらせん状に配置され、葉は互生(ごせい)で長さ1cmほどの柔らかく肌触りのよいものです。この葉は冬に茶色になって落葉します。
上の写真に写っているのが、スイショウの球果です。長さ2cm、幅1.5cmほどの円すい形をしています。スイショウの学名は、Glyptostrobus pensilis。意味は「ぶら下がる切れ込んだ球果」でした。それは、この形状を表しているのだと思います。種は種子部分0.5cm、翼部分0.5cmの合計1cmほどの細長い形状です。
スイショウの球果は、若いうちは緑色をしていて、熟すと褐色に変わり、種鱗(しゅりん)が開き種子を放出します。この種鱗は、あまりにも深く切れ込んでいて、容易に一つ一つがばらばらになり、なかなか原形をとどめてくれません。スイショウの球果形状を保つには、基部をボンドで補強しました。次に紹介する植物も、この世の中でひとりぼっちの1属1種のヒノキ科の一つです。
No.83 コノテガシワPlatycladus orientalis(プラティクラドゥス オリエンタリス)ヒノキ科コノテガシワ属。属名のPlatycladusは、platy(平らな)+cladus(枝)の合成語で「平らな枝」を意味しています。種形容語のorientalisは「東方」という意味です。コノテガシワは、中国の中西部の山岳地帯に原生する1属1種の固有種。他に化石種(化石として発見された種)もないようです。
コノテガシワは、中国中西部の山地に原生とされます。私は河南省、陝西(せんせい)省の山に原生しているコノテガシワをたくさん見てきました。資料では、他に甘粛(かんしゅく)省、河北省、山西省に分布とあります。しかし乾燥に耐え、環境耐性の強いこの樹木は、古くから植栽が行われました。多くの地域や世界に広がっていて、その地域が原生地かの判断が難しいそうです。上の写真は河南省沁陽(しんよう)市の神農(しんのう)山の断崖に生えているコノテガシワの原生木です。
コノテガシワの中国名は側柏(そくはく)です。この植物は、枝を立て、上方に手のひらを立てたように伸ばし、鱗片葉(りんぺんよう)を展開します。コノテガシワは他に類例がないユニークな常緑針葉樹なのです。
コノテガシワは、大変な長寿木としても知られています。左上の写真は、河南省登封(とうほう)市崇山南麓にある「大将軍柏」といわれる樹齢4500年の古木です。右上の写真は「第二将軍柏」、樹齢3000年。にわかに信じがたい樹齢であります。しかし、この姿を見て私は納得してしまいました。
これがコノテガシワの球果です。種鱗の数は6~8個です。球果の大きさは個体によって大きく違い、高さ1.5~3cm、幅1.5~3cmほどのサイズです。コノテガシワの若い球果は丸くぷっくりしているのですが、種を放出して乾燥すると乾物のように縮み、干からびたヒトデが重なっているような形になります。
放出した種は、長さ0.5cm、幅0.3cmの焦げ茶色をした、いびつな紡錘(ぼうすい)形をしています。ヒノキ属の種子は翼をもつ物が多いのですが、コノテガシワの種にはそれがありませんでした。それもコノテガシワの特徴の一つです。
次回は、スイショウに近縁とされる北米のヒノキ属のお話「世界球果図鑑[その35] 沼杉と池杉」です。お楽しみに。