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世界球果図鑑[その35] 沼杉と池杉

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

世界球果図鑑[その35] 沼杉と池杉

2023/01/31

その植物は、どこで生まれ、どこに行ったのか?この答えは、古植物学化石研究によって推定されます。ヌマスギ属は、古代のヨーロッパなどの北半球に広く生息していたとされます。日本でも化石が発見されていますが、早くから東アジアでは衰退し、現在は、北アメリカの東岸から南東部の湿地や水辺だけに生息しています。同じように、北半球全体で繁栄していた近縁種のスイショウ属は、大陸を隔て違う道のりをたどったことになります。

No.86 ヌマスギTaxodium distichum(タクソディウム ディスティクム)ヒノキ科ヌマスギ属。ヌマスギの英名は、swamp cypressなどです。それは、和名のように沼地に生息する杉という意味です。和名の別名ラクウショウは、中国名である落羽松luò yǔ sōngの和訳です。北アメリカ、東岸から南東部に生息するこの植物は、成長が早い落葉高木。樹高は40m以上になり、樹齢2000年を越えるほどの長命古木があります。

生物にとって必要不可欠な水。3次元に育つ高木であればあるほど、水を多く消費します。砂漠や草原に大きな樹木が少ないのは、水が少ないからです。水の心配が要らない水辺は、大きな木にとって魅力的な環境なのでしょう。ヌマスギは、競争相手の少ない湿地に安住の地を求めました。しかし、そこは酸素の少ない環境でした。ヌマスギはその環境において、奇妙な膝根(しっこん)という呼吸根を出すことにしました。こうした根を出す球果植物は、このヌマスギ属と前回紹介したスイショウ属だけです。

この植物は、沼地や湿地で育ちます。しかし、種は水中で発芽しません。乾いた場所でも発芽しません。発芽には、水没していない、飽和した水分状態が必要です。ヌマスギが水没林になっている写真を見ることがありますが、おそらく永続的に水没した環境ではなく、定期的に湛水(たんすい=水田のように水がたまっていること)と湿潤を繰り返すような環境に、この植物は生息しているのだと思います。このような環境に育つヌマスギの幹は、腐りにくいよい木材になるそうです。

属名のTaxodiumは、葉がTaxus(イチイ属)に似ているという意味です。種形容語のdistichumはdistichusのこと。di-(二つの)+stichos(列)の合成語になっていて、葉の形状を意味するのだと思います。

ヌマスギをラクウショウというのは、この木が落葉樹だからです。秋から冬、11月下旬~12月になるとヌマスギは、とても美しく紅葉します。明るい黄色、褐色、オレンジ色に変化するそのあで姿は、なんともいえない美しさ。ヌマスギの葉は、羽状の複葉です。その葉が紅葉して落葉するから、落羽松という別名なのです。

ヌマスギの球果が、木にぶら下がっていました。大きさは2.5cmくらい、大きなものは3cmの直径を持つ球形です。球果は1年で成熟して、多くは種鱗(しゅりん)を樹上で崩壊させ、種子を放出します。この球果を手で握ると樹脂で手がベタベタになり、手の中で種鱗が立体パズルのようにバラバラになってしまいました。そして、それは復元が極めて難しい三角形をした種子なのです。この球果の形状を保つためには、種鱗を水溶性の接着剤で固める必要があります。

北アメリカの南東部は、降水量が豊富な地域です。ヌマスギは、メリーランド州から南部ルイジアナ州、テキサス州にまで及ぶ沿岸地域や、ミシシッピ川周辺の湿地に生息しています。北米でヌマスギ属は「1種と2変種が生息する」「いや、2種と1変種である」「3種が生息している」と諸説あり、学者によって見解が違います。私は、勝手に3種説に沿って植物記を書くことにしました。

No.87 イケスギTaxodium ascendens(タキソディウム アセンデンス)ヒノキ科ヌマスギ属。この種をTaxodium distichum var. imbricatumとして、ヌマスギの変種とする説もあります。しかし、イケスギは多くの点でヌマスギと違うところがあり、私は別種説を支持したいと思います。英語では、この植物をpond cypress(池杉)と表現します。

ヌマスギの葉は、通常の葉を持つ羽状の複葉です。しかし、私が見た林のイケスギの葉は、通常の葉を付ける枝もありましたが、多くは上の写真のような鱗片葉(りんぺんよう)を付けた枝でした。ヌマスギの葉が垂れて付くのに対し、イケスギの鱗片葉の先端は上を向いて付いていたのです。種形容語のascendensは、斜上したこの葉の形状を表しています。

イケスギの球果も球状をしていますが、鱗片の表面に瘤(こぶ)状の突起を持っています。その大きさもヌマスギのように3cmほどにはならず、1.5~2.5cmと一回りサイズが小さいのです。葉の形状と球果の違いをみると、イケスギはかなりヌマスギとは違う印象を持ちました。

イケスギは、全体的にヌマスギより繊細でやや小さな樹木です。膝根も小さく丸みを帯びます。資料によると、広域分布のヌマスギに対し、イケスギはノースカロライナ州からルイジアナ州までの北米南東部の海岸平野に生息域が限定されています。

No.88 メキシコヌマスギTaxodium huegelii(タクソディウム ウエギリ)ヒノキ科ヌマスギ属。この樹木は、メキシコヌマスギとか、メキシコラクウショウと呼ばれます。もちろん、この種をヌマスギの変種だとする説もあります。亜熱帯地域に生えるこの樹種は、日本での植栽は多くありません。しかし、このメキシコヌマスギの名前は有名です。この木には、幹周りが世界一大きな木が存在するからです。それは、メキシコの「トゥーレの木」で、2005年の計測では幹周り36.2m、直径11.62m、推定樹齢1200~3000年の巨木です。

ヌマスギとメキシコヌマスギの相違点は、多くありません。ヌマスギの変種と考えることに賛成です。しかし、北アメリカ南東部に原生するヌマスギに対し、亜熱帯のメキシコに生えるメキシコヌマスギは冬が来ても、上の写真のような常緑、もしくは半常緑を保ちます。このメキシコヌマスギは、リオ・グランデ川の下流からグアテマラの高地に分布する種であり、常緑性に変化したヌマスギなのだと思います。

メキシコヌマスギとヌマスギの球果を比較しましたが、差異を確認できませんでした。

次回は、今しか見ることができない冬の妖精「霜華」のお話です。お楽しみに。

JADMA

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