小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その37] 広葉杉と台湾杉
2023/02/21
広葉杉と台湾杉は「杉」という文字を使いますが、日本のヒノキ科“スギ属”のスギとは別属の植物です。DNAの塩基配列を解析する分子系統学の手法によって、広葉杉と台湾杉はヒノキ科の基底種であり、ヒノキ科の草分けであることが分かっています。そして、ジュラ紀や白亜紀の地層からこれらの生存していた痕跡が見つかり、出現年代がスギよりも早いことが明らかになりました。
No.92 コウヨウザンCunninghamia lanceolata(カニンガミア ランセオラータ)ヒノキ科コウヨウザン属。この樹種は、中国南部とベトナム、ラオス北部に原生する、30~50mもの高さに育つ常緑の針葉樹です。台湾には、Cunninghamia konishii(カニンガミア コニシイ)が原生しますが、それを変種とする見解があります。コウヨウザン属は、ヒノキ科の中で1属1種もしくは、2種という存在です。コウヨウザンの化石は、北米や極東ロシアから見つかっています。この植物は、地球的気候変動を経て、現在の原生地である東アジア亜熱帯地域にたどり着きました。
漢字で広葉杉と書いて、コウヨウザンです。その樹姿は直立で、枝を水平かやや上向きに伸ばす高木です。属名は、19世紀のイギリス植物学者であり、キュー植物園の園長でもあったWilliam Jackson Hooker(ウィリアム・ジャクソン・フッカー)による命名です。彼は、18世紀にこの植物をイギリスに導入したJames Cunningham(ジェームズ・カニンガム)とオーストラリアを探検して植物を研究したAllan Cunningham(アラン・カニンガム)、2人のCunninghamに敬意を表し、Cunninghamia(カニンガミア)と命名しました。
種形容語のlanceolataは、lanceolatus=「披針形」もしくは「やりの穂先の形をした」という意味です。それは、コウヨウザンの葉の形状を表します。葉は、濃緑色から青緑色をしていて先が針のようにとがります。うかつに触るとかなり痛い思いをすることになります。
コウヨウザンの原生地である中国名では、この植物を杉木と書きShāmù(シァームゥー)と発音します。中国で杉というと、コウヨウザンのことを指します。杉という漢字は中国で作られたものです。きへん(木)と漢字音符(発音を表す部首)のさんづくり(彡)と組み合わせた、杉という文字。きっとコウヨウザンの葉の象形から生まれたのではないかと、私は思うのです。
コウヨウザンは、樹皮は褐色から灰褐色。孫生え(ひこばえ 切り株や幹の根元から芽吹くこと)や、胴吹き(幹や枝の中間に若芽が生えること)しますが、成長が早く、真っすぐに育ち、耐蟻性(たいぎせい 木材のシロアリに対する抵抗性)がある東アジアのよい木材となります。この木の原生地は亜熱帯地方ですが、意外と耐寒性があり、日本の本州であれば植栽が可能で、植物園などでも見られます。
上の写真はコウヨウザンの葉裏です。先がとがっていて痛いし、葉縁(ようえん 葉のへり)はやすり状に細かいギザギザが付いています。ジュラ紀の草食恐竜たちには、さぞ食べにくい植物だったでしょう。葉はらせん状に付き、葉裏には2本の気孔線が目立ちます。
コウヨウザンの球果は、鋭くとがった葉が付いた枝の先端に、単独もしくは複数付け、1年以内に成熟し枝ごと枯れて落ちます。秋になると、コウヨウザンの木の下に枝付きの球果が大量に散らばります。
コウヨウザンの球果は、樹皮のような質感で光沢を持ち、大きさは3~5cmと意外と大きいものです。枝が付いているので、ハサミで切り落としてコレクションにします。鱗片(りんぺん)は、らせん構造をしていて剣弁(けんべん)咲きのバラのように美しいのですが、先がとがっていて結構チクチクするのが玉にきずです。
次はこの樹種です。
No.93 タイワンスギTaiwania cryptomerioides(タイワニア クリプトメリオイデス)ヒノキ科タイワンスギ属。属名のTaiwaniaは、この植物が最初に台湾で発見されたことを表します。種形容語のcryptomerioidesは、日本の杉=Cryptomeria(クリプトメリア)に類するまたは、似ているという意味です。この樹種は、亜熱帯地域の山間部に生息する、成長が遅い常緑高木の針葉樹。中国南西部の雲南省とミャンマーとの国境地帯、そしてベトナム、台湾に分断されて生息しています。一般的に同じ木は、ある地域に連続して分布しているものです。なぜ、隔離分布をしているのでしょうか?
その疑問は、この木の英語名であるCoffin tree(棺おけの木)が語っています。タイワンスギは、直幹(ちょっかん)で木材として加工が容易。軽量・強い木質・木香があることで寺院の建築や家具の製造に適していて、特に棺おけの材料として人気があります。これらの需要が、長年かけてこの木の生息数の減少に影響を与えてきたのです。今では人の手が入らないへき地にわずかに残存しています。
タイワンスギは、東アジアの高木長寿の木であり、70m以上になり、2000年生きるといわれています。現在、原生地とされているのは亜熱帯地域ですが、北アメリカなどで化石が発見されているので、元々は広範囲に生息していた樹種だったのだと思います。耐寒力はそこそこあり、関東程度であれば露地で育てられます。
タイワンスギの葉は硬く、青い緑色。葉先が針のようにとがり、1枚の葉長は1.5cmほどです。若い木ほど針葉は長いようで、成熟していくと徐々に短くなり鱗片状の葉になっていくといいます。
タイワンスギの球果は、100年以上たった成熟した個体でないと付けないようでなかなか見つけられません。球果は小さく長さ1.5cmほどで、鱗片は皮膜状で薄くもろいものです。
ヒノキ科のタイワンスギの球果は、ヒノキ科の中であまりに異質です。マツ科のツガ類に似ていると思い撮影したのが、上の写真です。タイワンスギの球果は未成熟だったので、乾燥するとミイラのようになってしまいました。タイワンスギの外観は、日本のスギによく似ていました。しかし、この球果の形状と構造を見ると、決定的にスギとは異なっているのでした。
次回の『東アジア植物記』は「世界球果図鑑[その38] 杉属」です。お楽しみに。