小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その38] スギ属
2023/02/28
日本のあらゆる樹木の中で最も大きくなるのがスギです。スギに学名を付けたのは、長崎の出島三学者の一人である、カール・ツンベルク(Carl Peter Thunberg)です。彼は、江戸時代前期の1690~1692年、生類憐れみの令で有名な徳川綱吉の時代に日本を訪れました。彼の本当の目的は日本の内情調査であったと思いますが、医師および博物学者として植物を中心に研究しました。
No.94 スギCryptomeria japonica(クリプトメリア ジャポニカ)ヒノキ科スギ属。属名は、 Crypto(覆われた、隠れた)+meria(財宝)の合成語で「秘められた宝物」と私は訳しました。なぜにカール・ツンベルクは、スギにそのような名前を付けたのでしょうか?
その答えは、シーボルトの日本植物誌に書いてありました。スギを初めて記述した外国人は、江戸時代前期の1651年に出島に着いたエンゲルベルト・ケンペル(Engelbert Kaempfer)でした。シーボルトの来日からさかのぼること172年前です。その後に来日したのが、カール・ツンベルクです。彼は、ケンペルの記述を読んでいたことでしょう。ケンペルは、スギを見て当時の日本の国力の源だと思ったのだと思います。
当時、日本の建物などの多くは、木材で作られていました。江戸時代の人口増へ対応する家屋の新築、増築の材料が不可欠です。災害の多い国土において、速やかに復興する材料が、日本の山林にはありました。それは、膨大なスギという資源だったのです。シーボルトは、亡くなる1年前に、異例といえるほどの文字数で「日本の植物界において最も重要な木は、スギだ」と日本植物誌に記しました。私たちは、200年以上前の外国人が「秘められた宝物」と名付けたスギをきちんと評価できているでしょうか?
上の写真を撮影したのは、秋田県能代市二ツ井町にある仁鮒水沢スギ希少個体群落保護林です。ここは、日本の天然三大美林の一つとされています。秋田杉は、真っすぐに育ち、この地の冷涼な気候から、成長が遅く、緻密で強度があるスギです。上の写真のスギは、樹高54m直径88cmの「秋田美人杉」という美しい姿をしているスギです。
上の写真は、同保護林にある日本一背が高い天然杉とされる「きみまち杉」、樹高は58mです。秋田杉はどれも真っすぐでスリムな姿をしていました。また、天然杉ではありませんが、私は高知県で樹高60mの「杉の大杉」を見ました。その圧倒的大きさに驚きました。この他にも樹高だけでいえば、京都にある「花脊(はなせ)の三本杉」のうち1本が62.3mで日本一であると林野庁が発表しています。おそらくそれが、スギの樹高世界記録になると思います。
スギ属には、Cryptomeria japonicaの他に別種があるとされてきました。上の写真は、中国楚雄イ族自治州武定獅子山に生えていた柳杉Cryptomeria fortunei(フォーチュネィ)と看板に書かれていた大木です。
No.95 柳杉Cryptomeria fortune(クリプトメリア フォーチュン)ヒノキ科スギ属。種形容語のfortuneは、プラントハンターとして有名なRobert Fortune(ロバート・フォーチュン)のことです。
上の写真は、昆明植物園で撮影した柳杉の看板と球果です。私が見る限り、スギと柳杉の形態的な違いはないように思います。近年の研究では、日本のスギと中国の柳杉は、同種とされ、柳杉をスギの中国変種とCryptomeriajaponica var. sinensisと表記されるようになりました。
スギはCryptomeria japonicaだけの1属1種の存在でした。スギ属は、前の『世界球果図鑑』に記述したヌマスギ属、スイショウとともにスギ亜科を形成し生存の痕跡が、新生代に入ってから見つかっています。そして、ユーラシアで化石が産出されることから、大陸に広く生息していたようです。スギは、寒く乾燥した地力のない環境で絶滅し、温暖で肥沃(ひよく)な土と豊富な降水量がある地を求めて、日本列島にたどり着いたのだと思います。
最近、面白いスギを見ました。上の写真の形状で、何十年とたっているスギだそうです。Cryptomeria japonica‘Globosa’グロボーサという品種です。成長ホルモンのジベレリンを作ることができないのか、その分泌量が極めて少ない品種だと思います。花も実も付けないそうです。
未成熟のスギ球果です。ほぼ球形をしていて表面にとげ状の突起を持っています。ハサミで切って中の状態を観察してみました。未成熟な種子が鱗片(りんぺん)に付いています。被子植物は、子房という器官に保護されているのですが、スギは葉の延長線にある球果鱗片に挟まれているだけです。だから裸子植物というのです。
冬にスギの球果が成熟しました。丸かった球果はとげ状の突起の発達で形を変えてゆきます。そのころ、スギは葉の色を変えます。それは寒さに対するスギ独特の対応方法です。葉緑素が上手に働かない冬場に、他の色素が葉にたまる活性酸素を取り除く役割を担います。
スギの細長い種子は0.5cmほどの長さがあり、ヒノキ科らしく両翼にわずかな翼を持ちます。球果の大きさは径1.5~2.5cm、それはスイショウGlyptostrobusに似た構造で、近縁を感じます。鱗片を数えましたが、20個ほどありました。球果の大きさは、産地や個体によって大きさが異なります。
スギは、日本の山地に普通に生えているポピュラーな木かもしれません。しかし、普通に生えているのは、世界中で日本だけです。かの先人たちは日本の「秘められた宝物」として、スギに敬意を払いました。私たちはもっとスギを見直し、謙虚に向き合うことが持続可能な社会実現に必要なことだと思います。
次回は、世界球果図鑑[その39] ビャクシン属です。お楽しみに。