小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その39] ビャクシン属
2023/03/07
球果を付ける針葉樹は古生代が起源でした。ヒノキ科の中で、前回紹介した広葉杉、台湾杉、そしてスギはヒノキ科の基底種として草分け的な存在です。今回のビャクシン属は、ヒノキ科の中で最も新しい属(genus)として分化し、多種多様な「種」を発生させて現代に至ります。
ビャクシン属は、単属や単種として、わずかに生き残るヒノキ科の樹木たちと違い、北半球、南半球に多くの種属を分布させています。分類者により異なるのですが、ヒノキ科の中でビャクシン属の数は異例であり、50種以上と見積もられます。生育環境もさまざまで海岸淵や植物の森林限界と思われる標高の高い場所にも生息しています。
今まで紹介したヒノキ科の種子の多くは、翼を持つ「翼果(よくか)」でした。それは、種子の散布を物理的な風の力を借りて行う工夫です。植物は動物と違い、自らのすみかを移動することができません。種子を自分の下に落としても、自分の葉陰(はかげ)で子供は育ちません。子孫を繁栄させるためには、種子を遠くに移動させて、さまざまな環境に挑戦させることが必要でした。ビャクシン属は、いかにすれば種子に旅をさせて拡散できるでしょうか?翼果以外にもっと効率のよい方法があるのでしょうか?ご先祖様たちの試行錯誤を経て、ある方法を開発しました。
No.96 ビャクシンJuniperus chinensis(ユニペルス シネンシス)ヒノキ科ビャクシン属(ネズミサシ属ともいいます)。この属は、雌雄異株(いしゅ)を基本とします。雄株をいくら探しても球果を見つけることはできません。また、球果は日当たりのよい枝にしか付きません。
ビャクシンの雌株です。日当たりのよい枝には、ヒノキの球果よりやや小さい6~8mmほどの球果が付いていました。属名のJuniperusは、英語のjunioresが意味する若い果実や渋い果実を意味します。先ほどの写真の球果たちは、成熟して乾燥すると種鱗(しゅりん)を開き、翼果を風に乗せて散布させるのですが、ビャクシン属の球果は閉じたままで種子を散布させません。
こちらはネズミサシJuniperus rigida(ユニペルス リキダ)ヒノキ科ビャクシン属。この植物は、山地の日当たりのよい場所に生息する常緑の低木です。右は、ネズミサシの球果は、わずかな種鱗だけで緑色の実を形成しています。大きさは1cm未満で緑色、白粉を付けています。
ネズミサシの開花は春です。受粉後に球果は緑色になり、翌年の秋に成熟します。その球果は、木化せずに青黒い「液果」となりました。それはまるでブルーベリーのようです。この果実の形態は、鳥類や哺乳類がこの実を食べて、ふんという肥料付きで種子を別の場所に落とす「食散布」の方法を見いだし、ビャクシン属が進化した証しです。
針葉樹の先駆者たちが出現した年代は古く、古生代といわれます。そのころ、鳥類や哺乳類も生まれていなかったでしょう。生物相が貧弱な中で、植物たちは、自らの子孫を繁栄させる方法を物理的な手段に頼るしかなかったのでした。その後、地球進化の中で鳥類が生まれ、その後に、哺乳類も生まれ、生物たちが繁栄しました。ヒノキ科の末裔(まつえい)であるビャクシン属は、そうした生物を利用する方法を編み出したのです。
ビャクシン属の種子が、鳥や獣によって拡散させることは、より確実な方法だったようです。この仲間は、さまざまな地域や環境に拡散したことで、たくさんのspeciesを生み出したのでしょう。次に、ビャクシンとネズミサシ以外のビャクシンたちをいくつか紹介していきます。
No.97 ハイネズJuniperus conferta(ユニペルス コンフェルタ)ヒノキ科ビャクシン属。種形容語のconfertaは、葉が密に生えていることを表します。英語でshore juniperといい、訳すと「海岸ビャクシン」です。その名の通り、海浜の過酷な環境に耐え、2~3m地をはうように広がります。
ハイネズは、日本の砂地海岸でよく見ることができます。どちらかというと冷しい気温を好むようで、日本から樺太にかけて生息しています。葉先はとがり、触れると痛い、ほふく性の常緑低木です。
No.98 セイヨウネズJuniperus communis(ユニペルス コミュニス)ヒノキ科ビャクシン属。種形容語のcommunisは「共に・共通した」という意味です。セイヨウネズは学名の意味通り、北極を取り巻くように、北半球冷温帯に「共通して」生えるビャクシンです。日本にはミヤマネズという変種が自生します。その形態は多様で、低木状やほふく性のものもあります。
No.99 エンピツビャクシンjunperus virginiana (ユニペルス バージニアナ) ヒノキ科ビャクシン属。種形容語のvirginianaは、北米のバージニア州を表します。カナダ東岸からメキシコ湾域に渡る広い分布域を持つ常緑針葉高木です。その木材は、きめが細く柔らかいこと。そして、とても軽いことから鉛筆を作るのに最適とされてきたので、和名をエンピツビャクシンといいます。
No.100 シマムロJuniperus taxifolia(ユニペルス タキシフォリア)ヒノキ科ビャクシン属。種形容語のtaxifoliaは、イチイという別属の針葉樹の学名Taxus+folia(葉)の合成語から構成されています。シマムロは、一度も大陸とつながったことのない海洋島、小笠原諸島固有の針葉樹です。ネズミサシと違う赤色の実をしたビャクシン属です。おそらく鳥によって、この島にたどり着いた種子から、独自に進化した種だと思います。
No.101 ニイタカビャクシンJuniperus squamata(ユニペルス スクアマタ)ヒノキ科ビャクシン属。西ヒマラヤから中国南西部、台湾の高山に生えるビャクシン属です。英語ではHimalayan juniperといい、中国語では高山柏(Gāoshān bǎi)といいます。種形容語のsquamataは、小鱗片(りんぺん)のあるという意味です。それは、生息する範囲が広く、形態的変異が多い常緑の低木です。コンパクトな草姿と魅力的な青い葉色から人々に好まれ、多くの園芸品種があります。
さまざまな地域と環境に、いろいろなビャクシン属が生息しています。このヒノキ科の末裔たちは、地球の進化と共に自らの球果形態を変化させ、適応・放散をしてきたのでした。
次回は、ヘパティカ属[前編]です。お楽しみに。