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ヘパティカ属[前編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ヘパティカ属[前編]

2023/03/14

通称名で「雪割草(ゆきわりそう)」と呼ばれる植物があります。それをカタカナで調べると違う植物が図鑑に載っていました。この「雪割草」という植物は、属の分類や学名が「まちまち」で和名も「ちぐはぐ」で納得できる説明がありません。これを詳しく調べるためにさまざまな文献を読むと、もっと深くに迷宮に入り込むような目まいを感じます。今回の植物記は、園芸的に「雪割草」と呼ばれる小さな植物について取り上げます。

毎年、早春になると園芸店などでは「雪割草」が販売されています。それは名前の通り早春の花。雪の積もる地域に多く生息して、雪解けと同時に開花するとされ、通称名で「雪割草」と呼ばれています。

しかし、植物学的にユキワリソウはサクラソウ科の植物を指します。ユキワリソウPrimula farinosa(プリムラ ファリノサ)サクラソウ科サクラソウ属。種形容語のfarinosaは、粉質を意味します。それは、花茎やガクに白い粉があるからです。ユキワリソウは、日本全土の山地や高山帯に生息する植物。文献などで「ユキワリソウ」とカタカナで検索すると、この植物が出てきます。

漢字で表記する「雪割草」は、上の写真のような植物です。それは、日本の山地に生息しているのですが、地方型があり、それぞれに和名が付けられています。ミスミソウ(三角草)は、葉形が三角形をしていて、日本海側に生息するとされます。スハマソウ(州浜草)は、葉が丸く、主に太平洋側に生息するとされます。オオミスミソウ(大三角草)は、新潟や北陸・佐渡に生息し、変異が多く、大株に育つとされます。以上、三つに分かれていると説明されています。※ケスハマソウ(毛州浜草)は、調べていませんのでここでは割愛いたします。

学名を調べると、2009年版の植物分類表ではAnemone(アネモネ)属とされていました。最新の分子系統分類では、この植物はHepatica(ヘパティカ)スハマソウ属とされています。しかし、さまざまな文献や植物園の看板表記はいまだにアネモネ属となっている場合が多いです。新しい学名のヘパティカ属の和名表記を見ても、スハマソウ属とミスミソウ属、二つの表記があり統一されていません。「雪割草」について調べるとますます迷宮に迷い込んだような戸惑いを感じるのです。

新しい学名である属名のHepaticaとは、hepaticus(肝臓形)という意味があり、通称名の「雪割草」の葉が肝臓の形に似ていることを表します。左上の写真は「三角葉形態(ミスミソウ型)」、右上の写真が「州浜草形態(スハマソウ型)」です。この形状と生息域などで、ミスミソウとスハマソウを区別します。しかし、実際に産地に行き調査をすると、それぞれの地域にさまざまな葉の形状や株の大きさなどの形態が混在していて、区別できないのです。

日本における通称の「雪割草」とは、クリスマスローズのように聞こえのよい流通の際に使われている名前だと思います。学術上で世界共通の見解とされている学名では「雪割草」をHepatica nobilis var. japonicaとしています。それは、ユーラシア大陸の山地で広範囲に原生するHepatica nobilis(ヘパティカ ノビリス)の日本変種です。ミスミソウ、スハマソウ、オオミスミソウなどの区別は「種」でもなく「変種」でもなく、野生の「品種」の差「f.」として理解すればよいという見解です。

新潟の山の中で撮影したヘパティカ

世界の北半球の山地には、さまざまなヘパティカ属が生息しています。資料を読む限り、似ているような…違うような…同じような、ヘパティカたちです。研究が進んで、ふに落ちる説明がされることを期待したいと思います。

世界に分布するヘパティカ属の中において、新潟や北陸の低山帯に生息する、通称オオミスミソウといわれる品種群は、株が大きくその多様性は際立つとされています。それらのオオミスミソウ品種群の交配から園芸的に鑑賞性のある変異体が見いだされ、園芸種としての「雪割草」が流通しています。上の写真は、新潟に自生していたヘパティカの花々です。

へパティカの繁殖は、一般的に実生です。種をまくと、その個体差は千差万別に生じます。花色、大きさ、色の配色、半八重、八重、と一つとして同じ花がありません。それこそが通称名「雪割草」の楽しさの一つだと思います。

新潟のヘパティカは、オオミスミソウとされる品種の野生株です。通常野生のヘパティカは、一重咲きです。花弁に見えるのはガク片で6~10枚ほど、数に決まりはありません。3枚のガク片に見えるのは葉の変化したもので総苞片(そうほうへん)といいます。雌しべと雄しべの数は多数という他はなく、花弁はありません。野生の状態にして、変異の多い新潟のヘパティカを人為的に交配して種をまき、選抜したのが園芸種としての「雪割草」なのです。

園芸種の「雪割草」の名花たちをご覧ください。花は通常花といわれる一重で、しべの変異はありませんが色彩の美しいタイプ。左上のマジェンタカラーの白覆輪(しろふくりん、はくふくりん)、右上の空色の中斑(なかふ)。どちらもとてもすてきです。

こちらの左上と右上は、雄しべや雌しべが弁化しているセミダブルの花型です。ガク片の色と変化したしべの色のコントラストで、センスがよい色調の花被です。

こちらは八重というのか、千重というか、完全なフルダブルタイプです。花被の数は100枚以上。もう数えるのも嫌なほどです。このように人為的な交配と選抜によって作られた園芸用の「雪割草」は、目がくらむような美しさです。

さて後編は、日本の野生のヘパティカについてです。太平洋側のヘパティカ、豪雪地帯のヘパティカなどを訪ねてみたいと思います。どのような場所で、どのようにヘパティカたちは生息しているのでしょうか?もし、読者の皆さまが「雪割草」を育ててみたいのなら、野生の原生地の状態を知ることが一番の勉強になるはずです。

次回は「ヘパティカ属[後編]」です。お楽しみに。

JADMA

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