小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ヘパティカ属[後編]
2023/03/21
この『ヘパティカ属 [後編]』では「種」という漢字を「しゅ」と読み、分類学の基本単位として記しています。植物の「たね」を記す場合は「種」という漢字を使わずに「種子」と表しています。
多くの図鑑や記述、そして私が参考の一つにしている『牧野新植物図鑑』でも「スハマソウ(州浜草)」と「ミスミソウ(三角草)」は種として別々に記載されて、違う学名が記されています。しかし、最新の学名に立ち返ったことで「ユキワリソウ(雪割草)」の呪縛から抜け出せた気がします。私は前回、ユーラシア大陸の山地で広範囲に原生するHepatica nobilis(ヘパティカ ノビリス)の日本変種として雪割草を理解しました。さて、日本の各地に原生するヘパティカたちはどうでしょう?同種は、地域もしくは産地ごとに特徴がありました。
日本のヘパティカたちは、北海道と南西諸島を除く全国の山地に原生しています。上の写真は、ヘパティカ ノビリス バラエティー ジャポニカHepatica nobilis var. japonicaキンポウゲ科ヘパティカ属。種形容語のnobilisは、ラテン語で「高貴で立派なこと」を表します。しかし、大きく立派というわけではなく、落葉広葉樹の下に生える小さな植物です。
日本各地のヘパティカたちに会ってみましょう。上の写真は以前から、スハマソウとされてきた太平洋側のHepatica nobilisのグループが生える、東北の太平洋側の低山です。春になり雪は消え、落葉広葉樹が茂る登山道には、タムシバが咲いていました。
カタクリなどが咲くころ、ヘパティカたちの開花は最終盤。明るい落葉広葉樹の林や登山道の際、晩秋から春まで日がよく差す場所にヘパティカたちは咲いています。
上の写真のようにヘパティカたちは、落葉樹の枯れ葉に埋まるように生えます。そして、決まったように斜面に生えていました。暗く、過度に湿っている平たんな地勢(ちせい)にヘパティカは見られません。
ほとんどの株は白花です。青や赤などの目の覚めるような色彩の花を付ける株を見ることはできません。そして、同じような花型ばかり。園芸店で見る、さまざまな色彩や花型はなく、地味なヘパティカたちでした。
たまに、薄いピンク色などの株があります。葉の形状は、スハマソウ型とミスミソウ型が混在していて、区別できません。
続いて、日本海側の豪雪地帯に生えるヘパティカを訪ねます。知らない土地の植物調査には、事前の情報収集が不可欠です。新潟の観光協会にどこを見るのが一番よいかと照会すると「場所によってタイプが違い、一概にどこがよいか言えないので、それぞれに訪ねるのがよいでしょう」という答えでした。
ヘパティカたちは、高山植物というわけではありません。新潟をはじめ、日本海側の海岸山地などの低山、中でも落葉広葉樹の林内斜面に「オオミスミソウ型」といわれるヘパティカたちが生息していました。やはり平地には生息していないことを考えると、水はけにこだわる植物なのだろうと思います。
新潟など日本海側の原生地は、太平洋側と比べ、ヘパティカの生育数の多さ、群生する姿は特出しています。そして、1株が大きく、たくさんの葉を付けるのです。この姿からオオミスミソウと呼ばれる意味がよく分かります。
オオミスミソウの多様性は驚くものでした。まず、色彩が豊富なこと。八重や半八重は、野生状態では見ませんでしたが、ガク片の数が多いものが見られました。また、チョコレート色の葉を付ける株、黄緑の葉を付ける株など多岐にわたり、花好きを楽しませる要素が盛りだくさん。この地域は、世界のヘパティカ属において、多様性が著しいホットスポットとされています。
山を変えてみました。沖合にうっすらと佐渡島(さどがしま)が見られる海岸付近の低山です。この山にもオオミスミソウの群落が見られます。
この山のヘパティカたちの特徴は、特に株が大きいことです。現地の人が「生えている山によって特徴がある」と話していたことがよく分かります。そして「オオミスミソウ」と区別されたことも納得です。
左上の株の大きさを見てください。幅は40cmほどあります。このような大株は太平洋側の産地で見ることはできません。右上の株の花立ちの多さも驚きです。花の数を数えるのも嫌になるほどです。ヘパティカは、新潟や北陸などの冬に雪が降る地域、決して過度に乾燥しない、冬季に明るい環境が適していると感じます。やはり、ここでもミスミソウ型とスハマソウ型は混在していて区別はできませんでした。
早春の新潟などの日本海側の低山には、ヘパティカたちの楽園がありました。この子たちが幸せに咲いている景色を見て、私も「ほっこり」した気持ちになりました。きっと、こうした花が咲いている環境があるからこそ、私たち人間も幸せな気持ちになれるのだと思います。
次回は「世界球果図鑑[その39] ミクロビオータと南洋杉」という、あまりなじみがないヒノキ科から球果図鑑を再開します。お楽しみに。