小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その41] ジュラシックツリーとモンキーパズル
2023/04/04
オーストラリアの探検家David ‘Dave’ Noble(デビッド ‘デイブ’ノーブル)は、1994年に友人らとウォレマイ国立公園の険しい峡谷を旅していました。そこは都会から遠く離れた荒野、果てしない時間が過ぎ去った土地でした。彼らは、川の流れや岩肌を利用して沢を下るCanyoneering(キャニオニング)という技術を駆使して、人が本来、たどり着くことが難しい場所へ入ることに成功しました。そこで植物学の知識を持つ彼は、珍しい針葉樹を見つけて標本にしたのです。そのとき彼は弱冠29歳。世にも珍しい植物の発見でした。
オーストラリア最大の都市、シドニーの北西部には、世界遺産Greater Blue Mountains Area(グレーター・ブルーマウンテンズ地域)があります。ここは、古代のゴンドワナ大陸要素の植物が多く原生している世界遺産の地域です。デビッドたちが探検したウォレマイ国立公園は、この一角に位置しています。
植物標本は、専門家によって調べられました。それは、オーストラリア、ニュージーランド、南極大陸の白亜紀の堆積物(たいせきぶつ)から見つかる、針葉樹の化石と同じ様子でした。デビットたちが見つけた植物は、中生代に栄えていた種属の唯一の生き残りということが明らかになりました。
No.105 ウォレマイ パインWollemia nobilis(ウォレミア ノビリス)ナンヨウスギ科ウォレミア属。属名のWollemiaは、この植物が発見されたオーストラリア ウォレマイ国立公園にちなみます。種形容語のnobilisは、発見者のデビッド ノーブルから献名されました。中生代にさかのぼるこの植物の成り立ちと形態から、その植物は別名Jurassic Tree(ジュラシックツリー)と呼ばれています。
ウォレマイ パインは、太古からの生き残りです。生息範囲は狭く、個体数は100株に満たないのです。この植物は、人による産地開発と観光客によって容易に絶えてしまうと予想されました。樹木感染症の菌が足の裏などに付着して、運ばれてしまう恐れがあるからです。それ故に、具体的な生息地は秘密にされました。しかし、山火事などの自然の脅威にさらされるのは、防ぎようがありません。オーストラリア政府は、この木を絶滅から救う道を考えました。この木を挿し木して増やし、世界の植物園や愛好家へ譲り渡しました。どれかが生き残れば、種の絶滅は防げます。そのような理由で、その内の1株は、私の家にやってきました。
ウォレマイ パインは、何の手入れもせず横浜では、普通に育っています。この木を見ていると、いろいろと特異なことに気付きます。この植物は、冬の休眠期に入るとシュートの成長点を保護するために妙な樹皮で覆われた冬芽を作りました。それは、polar cap(極冠)といわれ、成長点を冬の寒さから守るものです。中生代からいくつもの氷河期が訪れました。ウォレマイ パインは、きっとこの類いまれな極冠で、生き永らえてきたのでしょう。
この極冠は蝋(ろう)のような炭化水素で作られているのだと思います。寒さで硬くなり、暖かくなると緩みます。それは、春の温度上昇と芽吹きの圧力で内部から崩壊し、新芽を出します。芽はとても柔らかく、おいしそうです。これなら草食恐竜たちも喜んで、食べたと思わせるほどです。この極冠は、幹の先端に作られるものですが、左上の写真のように、枝の先端にも作られます。この植物、幹や枝葉の構造もかなり妙です。
幹から枝は輪生して、四方に展開します。その枝には、針葉樹らしくない、細長い線形葉が隙間なく密着します。幹は、赤褐色の樹皮で覆われ、粒上の隆起構造があります。
ウォレマイ パインの側枝と葉の構造です。幹から輪生して出た枝は、下向きに垂れ、一度も分枝をしません。1年で伸びた枝は、先ほどの極冠で成長を止め、春になると再び一方向にだけ伸び始めるのです。私の持っている枝は、付け根の部分から1年枝、2年枝と続き、先端部分が5年枝になるのです。このように、年輪みたいに成長の跡を見せる枝葉の構造です。
この植物の葉は、硬い皮質、とげや尖(とが)りがないのでとてもスムーズで優しい手触りをしています。枝に付く葉は、長さ3~6cm、幅が0.5cmほどで、らせん状に付き、写真のように規則正しくエックス状に展開するのです。
ウォレマイ パインのユニークな枝葉は、分枝をしないで何年も伸びます。そして成熟した株の枝先には、雄花か雌花ができ、役割を終えると枝葉は枯れて落ちるとされています。
焦点がぼけていますが、枝の先端部分にこの植物の球果を見ることができました。この植物に最も近縁とされるのは、アンデス山脈南部に生える「モンキーパズル」です。
No.106 チリマツAraucaria araucana(アラウカリア アラウカナ)ナンヨウスギ科ナンヨウスギ属。この樹木は、英語でmonkey puzzle(モンキーパズル)と言います。ウォレマイ パイン同様に「生きている化石」といわれる常緑の針葉樹です。生息地は、アンデス山脈の南部斜面などに分布します。アルゼンチンにも生息が確認されているのですが、主な生息域であるチリの名を取り、和名はチリマツです。
チリマツは、学名のAraucariaをアラウカリアと発音しますが、一般的にアローカリアと呼ばれています。この名前は、チリ中南部の先住民アラウコ族の名に由来します。種形容語のaraucanaも同じ意味です。
チリマツを含めナンヨウスギの仲間は、多くの種(しゅ)が化石で発見されている種属。現在、南半球に20種に満たない種が生息しています。このチリマツは、アンデス南部の過酷な環境に原生し環境耐性があります。耐寒性は、-20℃までとされ、寒冷なヨーロッパの都市において植栽されている様子を見ます。私も種子をまいて育て、何の問題もなく丈夫に育ちました。ただ、触るとひどく痛いので、わが家のような狭い庭には不向きでした。
この樹木は、前述のとおり英語でモンキーパズルと言います。この名前は、19世紀にこの木がとてもまれな珍木であったころのお話。イギリスの庭園にこの木が植栽されているのを見た人が、鋭い刃物のような針葉が全身を覆う様子から「これを登るのは、猿も困惑するだろう」と思って、monkey puzzleと名付けたそうです。まるで、とげの多いメギ、Berberis thunbergiiメギ科メギ属の和名に「コトリトマラズ」と名付けたのと同じ感覚です。
チリマツの葉は、3cmほどの長さがあり、硬いナイフ状で触ると刺さりますので注意しましょう。葉の寿命は長く、ほとんどの枝や側枝を覆う完全武装のよろいです。成熟すると枝の先端には雄花や球果を付けます。
チリマツは、枝が輪生して四方に出て対称的な外観となり、背丈は40mほどの高木となります。よろい武者のようないかつい茎葉と木姿は、恐竜たちが跋扈(ばっこ のさばる)していたあの時代を想像させるには十分な存在感です。事実、チリマツなどのナンヨウスギ科の植物たちは中生代からの生き残り、現存する最古の種子植物の一つなのでした。
次回は「世界球果図鑑[その42]マキ属 前編」です。お楽しみに。