小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その42] マキ属[前編]
2023/04/11
ナンヨウスギ科は、南半球にだけ現存していました。もう一つ、南半球で発展を遂げた球果植物の科が、マキ科とされています。私は、マキ科の多くを知りませんが、イヌマキとナギの2種は、マキ科の分布限界の北限種として日本に原生しています。
マキ科のイヌマキは、枝に濃密な葉を展開し、耐風性と被覆性があり、丈夫なので、暖地では垣根を作る樹木としても知られています。これが針葉樹だと言われてもピンと来ませんが、マキ科の植物には、杉のような針葉、ヒノキのような鱗片葉(りんぺんよう)を作る仲間もいて多様です。
マキ科の植物は、古代の超大陸ゴンドワナに由来するとされ、気候変動の中で温暖で湿った地域に生き残った種属とされています。マキ科は「イヌマキ」が私たちによく知られていて、この科をイヌマキ科と呼ぶこともあります。科の構成数は100種を越える大集団ですが、東アジアに見られる種は少数です。
No.106 イヌマキPodocarpus macrophyllus(ポドカルプス マクロフィラス)マキ科マキ属。マキ属の「マキ」という植物名を正式に持つ植物がないため、マキという植物がどのようなものを指すのかは不明です。このイヌマキという和名は、不明な「マキ」という植物に対し、過小評価した名を付けたのだと推測されるのですが、イヌマキはなかなか堂々として、風格のある樹種だと思います。
イヌマキは、暖地の木です。日本以外では、中国東南部に原生しています。それにしても、老成したイヌマキは見事な樹木になります。植栽されているイヌマキは、ほとんどが小さな低木ですが、本来は30mほどに達する常緑高木です。灰褐色の樹皮を持ち、保湿性、耐蟻性を持つよい木材になります。沖縄などでは、主要な建築材とのことで、焼けた首里城にも多く使われていました。しかし、今では資源は枯渇し、よいイヌマキの木材は入手が難しいと聞きます。
イヌマキの植栽樹を多く見る私たちですが、野生のイヌマキを見る機会はそれほど多くありません。イヌマキは、世界のマキ属において、日本の暖地を北限として、房総半島から沖縄までの海岸林に原生しています。
海岸付近は、人の生活圏と重なるため自然の植生が残ることが少ないのです。上の写真は、海辺の鎮守の森です。神様のご加護で手付かずの林があり、自然植生が保たれていました。そこではイヌマキは純林を作らず、照葉広葉樹たちと混生しています。
イヌマキは、大気汚染にも強く、土質も選ばず、深刻な病虫害も見当たらない丈夫な樹木です。大きく育つ樹木ですが、小さなころは、他の常緑樹たちが作る日陰にも耐えます。イヌマキの美点である、さまざまな環境耐性は、潮風が強く当たる、このような海岸林で作られたのでしょう。
イヌマキの学名は、Podocarpus macrophyllusでした。種形容語のmacrophyllusは、大きな葉という意味です。イヌマキは、針葉樹に分類されますが、葉の形状は、幅1cm弱、長さ12~15cmほどの全縁で先が細くなる線形葉です。この植物が生える照葉樹林帯の環境では、太陽光線をより多く受けるために、細い針葉よりも少し幅広の形状が適しているのでしょう。
イヌマキは、基本的に雌雄異株(いしゅ)です。雌花は前年枝の葉腋(ようえき)に一つ付くのですが、小さくて目立ちません。受精すると種子は、松ぼっくりのような木質の鱗片葉ではなく、肉質で二つの鱗片葉で包まれます。この形状は、マキ科が他の球果植物たちとまったく違うところです。
イヌマキの球果を手に取ってみました。種子を包み込んだ緑色の部分を套皮(とうひ)といいます。この「套」という漢字は、大きく包み込むことを表します。それは、外套(がいとう)という言葉にも使われます。そして、種子の基部である花托(かたく)が膨らんで秋に赤く熟します。この赤い花托はグミに似た触感で甘く、食べるとそれなりにおいしいのです。
マキ科は、このように妙な球果を作る植物です。この形態は、風など物理現象で種子を放出する仕組みではなく、動物や鳥に種子を食べてもらい分布を広げることを意図しています。赤い花托は食べられますが、上の写真の赤く囲っている先端の白く粉が吹いた青い部分は毒だとされています。誤って食べないよう、十分に注意してください。
次回は、世界球果図鑑[その43] マキ科 [後編]です。