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世界球果図鑑[その44] イチイ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

世界球果図鑑[その44] イチイ属

2023/04/25

イヌマキは木質ではなく肉質の種鱗片(しゅりんぺん)で種子を覆い、花托(かたく)など可食物を作って鳥類をおびき寄せ、自らの子孫拡散に利用しました。イヌマキをはじめとするマキ科の植物たちは、南半球を主な生息地でした。北半球において、同じように鳥類や動物を自らの子孫拡散に利用するように進化した裸子植物が、イチイ科の植物です。

No.111 イチイTaxus cuspidata(タクスス クスピダタ)イチイ科イチイ属。イチイ属は、9種ほどが冷涼な北半球の暗く湿った森に生息する、長寿で常緑針葉の高木もしくは低木です。洋の東西を問わず生息するイチイやセイヨウイチイは、成長が遅く、年輪が詰まることから、緻密(ちみつ)で弾性のある材として「弓」を作る材料に使われていました。属名のTaxusとは、ギリシャ語で弓を意味しています。

一方でイチイは、東アジア北部に生息しています。日本では、北海道から九州の暗く湿った山岳地帯に分布し、朝鮮半島、中国東北部、極東ロシアにも生息しています。資料によると、日本に生える1番大きなイチイの樹高は22m、推定樹齢が3000年。この種属も雌雄異株(しゆういかぶ)を基本として、雌株には秋によく目立つ赤い球果が付きます。

イチイの種形容語のcuspidataは、急に尖(とが)ったという意味です。イチイの葉は、線形で扁平(へんぺい)、葉先が急にすぼんで尖っているのですが、硬くないので触っても痛くありません。葉の配置は、らせん状の2列ですが、整っていないので雑な感じがします。

イチイの雌花は、晩春に受精すると、種鱗片が肉質でゼリーのような仮種皮という付属物となり、種子の一部を包み込み杯(さかずき)のような形となります。秋に熟すると赤くなってよく目立ち、鳥が頻繁に訪れるのです。

鳥や動物たちは、赤い仮種皮と種子を一緒に飲み込み、種子を消化しないでふんと一緒に排出することによって、イチイの分布を広げる手助けをするのですが、種子をかむと、ただごとでは済みません。イチイの種子は、長さ6mm幅5mmほどの小さなドングリ状ですが、極めて有毒です。

赤い仮種皮を除き、イチイのあらゆる組織には、解毒薬のない深刻な心臓毒素であるタキシン(テルペンアルカロイド)が含まれています。それは、少量であっても有害であり、皮膚を介しても吸収されるので、手袋で触ることが推奨されます。日本の図鑑などでは、イチイの赤い仮種皮は食べられると書かれているのですが、英語の説明ではwarning(警告、注意、警報)付きでこの植物を紹介するほどです。うかつに口に入れてはいけません。生体内で作られる毒素を英語でtoxinといいます。この言葉の語源は、イチイの属名であるTaxusに由来するとされているのです。

日本のイチイには葉の長さが短く詰まった変種があります。キャラボクTaxus cuspidata var. nanaイチイ科イチイ属。イチイは元々、山地に生息する樹木です。キャラボクは、より高山や豪雪地帯に適応し、節間や葉身が形態変化をしたものです。

No.112 セイヨウイチイTaxus baccata(タクスス バッカータ)イチイ科イチイ属。種形容語のbaccataとは、ベリー状の液果を意味します。それは、セイヨウイチイの雌株がイチイ同様、赤い仮種皮を付けることによります。東アジアのイチイと同じく、中型の常緑樹で20mほどの大きさに育ちます。樹皮は褐色で、薄く皮膜のように剝がれます。イチイに比べ、葉色が濃い緑色で葉身が長く、ツヤがあるのが特徴です。

この植物は、ヨーロッパに広く原生しているのでヨーロッパイチイ、英語では、Yew(ユー)と呼ばれます。それは、聖なるもの、戦争や土着の宗教、故事と深く結びついています。セイヨウイチイは、湿った暗い森に育ち、常緑で長寿、そして有毒です。土葬された人を守る墓守の役割で、このイチイが植えられてきたのです。

セイヨウイチイは、東アジアのイチイ同様に成長が遅く、材が強靱(きょうじん)で柔軟なことから、鉄砲が発明されるまで、特にイングランドで武器の材料に使われました。イチイで作るLongbow(長弓)は、弓の長さが人の背丈もある強力な大きな武器で、戦争の道具でした。イチイの材と強い腕力で放たれた矢は、丈夫な甲冑(かっちゅう)をも貫いたといいます。あのRobin Hood(ロビン・フッド)が用いた長弓もイチイで作られたのです。

上の写真は、セイヨウイチイと東アジアのイチイの比較です。両種とも先が尖った線形葉を付けます。左は、セイヨウイチイです。葉が暗い緑色で、葉が細く、葉身が1~4cmほどあり、長いのが特徴です。右がイチイです。葉が濃い緑色、葉身が1~2.5cmほどと短いのが特徴となっています。繰り返しますが、両方のイチイは、葉も有毒です。

次回は「世界球果図鑑 [その45] カヤとイヌガヤとコウヤマキ」、いよいよ世界球果図鑑の最終回です。お楽しみに。

JADMA

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