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連載

センニンソウ属[その1] ハンショウヅル

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

センニンソウ属[その1] ハンショウヅル

2023/05/09

昭和30年代。町で一番高い建物は、消防用の「火の見櫓(ひのみやぐら)」だったと記憶しています。そこには、警報を鳴らすために半鐘がつるされていたのでした。夢うつつに「カンカンカン」と甲高い鐘の音が響くと、胸がドキドキして母親に「何?」と訪ねると「火事みたいね、遠くだから気にしないで寝なさい」と諭されました。鐘の音はしばらくすると「カンー、カンカン、カンー、カンカン」と緩やかに変わったのです。

半鐘

半鐘とは、お寺にある梵鐘(ぼんしょう)と比べると小さなつり鐘のことです。この写真の半鐘は青銅で作られているみたいで、緑青(ろくしょう)が表面に浮き出ています。火事など災害の多い日本において、江戸時代から「火の見櫓」につるされ、非常時などに警報代わりに使われてきました。防災無線が普及した現代において、半鐘を見ることは難しくなりました。

皆さまは、ハンショウヅルという植物を見たことがありますか?こんな形をした赤い花です。ハンショウヅルClematis japonica(クレマチス ジャポニカ)キンポウゲ科センニンソウ属。属名のClematisは、巻きづるを意味しているギリシャ語からの命名です。つり鐘のように花被(かひ)を下向きに付けるこのつる植物に「半鐘蔓」という和名を付けた人に座布団を3枚差し上げたいです。

Clematis japonicaという学名は、ハンショウヅルが日本のクレマチスだと述べています。その通りでハンショウヅルは、日本固有のクレマチスです。赤いつり鐘がたくさんぶら下がる株姿の風情は、なかなか愛嬌(あいきょう)のある植物だと思います。

ハンショウヅルの花被を手に取ってみました。花びらのようなガク片が4枚、長さは3cm、幅1cm、先は反り返ります。ガク片は、厚紙のような質感で縁に毛が生えています。雄しべは多数、雌しべは隠れて見えませんでした。

ハンショウヅルは、落葉樹木なのか?草なのか?微妙です。木部が発達するわけではありませんし、きっと木と草の中間なのだと思います。ハンショウヅルの葉は、葉柄の先に三つの小葉が付きます。それを三出複葉といいます。この葉柄は、5~10cmと長く、何かに触れると曲がり、枝などに絡み付きます。この葉柄が絡み付くことが多くのクレマチス属の特徴の一つです。

ハンショウヅルの生育環境は、本州から九州の山地です。照葉樹林帯の暗い林で見ることはなく、落葉広葉樹の明るい林内や林縁に生息しています。上の写真は、横浜の里山雑木林で撮影したものです。この中にハンショウヅルが見られるのですが分かりますか?

答えは赤い矢印の部分です。赤い実を付けているウグイスカグラという低木に絡み付いていました。ハンショウヅルは自然度の高い場所であれば、山地でなくても見つけられる身近な植物でした。開花期は5~6月の初夏です。

夏にハンショウヅルが生えていた場所に行ってみると、写真のような未成熟な種子が付いていました。やがて雌しべの花柱が長く伸びて、先が羽毛のようになります。ハンショウヅルがたくさん増えてくれるとうれしいのですが、都会ではこの植物が生える豊かな自然環境があまり残っていません。

クレマチス テキセンシス

日本のハンショウヅルに似たクレマチスが、北アメリカテキサス州の石灰岩地域に原生しています。クレマチス テキセンシスClematis texensis(クレマチス テキセンシス)キンポウゲ科センニンソウ属。種形容語のtexensisは、テキサス州を表します。がく片が皮質で花持ちがよく、丈夫なことで知られている有名な原種です。何よりも見事な赤い色は他に類がありません。

こちらは、クレマチスの園芸種として人気がある「プリンセスダイアナ」という品種です。先ほどのクレマチス テキセンシスを交配の親に選び育成されました。4枚のガク片と赤い花色をテキセンシスから受け継いでいます。

ミヤマハンショウヅル

日本には半鐘という名が付いたクレマチスが幾つか生息しています。ミヤマハンショウヅルClematis alpina ssp. Ochotensis(クレマチス アルピナ サブスピーシーズ オキテンシス)キンポウゲ科センニンソウ属。ハンショウヅルのように、ガク片の先が反り返えらず、形質が異なります。それは、北海道から本州中部の亜高山帯に生息する寒地性のクレマチスです。ヨーロッパに原生する、クレマチス アルピナClematis alpinaのspp.(subspecies)亜種という分類学上の位置付けです。亜種名のOchotensisとは、オホーツクに産するという意味です。

次回は「センニンソウ属[その2] クサボタン オオクサボタン」です。お楽しみに。

JADMA

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