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ハマゴウ属[後編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ハマゴウ属[後編]

2023/07/18

日本に生息するハマゴウは、3種とも海浜もしくはその近くに生息していました。ユーラシア大陸の温帯部に生息する種(しゅ)の中には、内陸にまで進出した種があります。

中国に文明が生まれる前の黄河は、青く澄んでいたといいます。この川の流れる華北平原(かほくへいげん)は、実質的には中国の中心地であり、いにしえの歴史を刻んだ土地柄です。その黄河は、なぜ泥の川になったのでしょうか?

それは、中原(ちゅうげん)といわれる地域を旅すると分かります。黄河文明がいつからなのかよく分かりませんが、紀元前5000年ごろから農耕が始まったとされています。森林に覆われた大地を切り開いて農耕が始まり、蓄えた富を奪い合う戦乱の時代が訪れました。兵糧の生産に森を焼き、とりでや長城を作るレンガを焼くために、木々は燃料としても使われました。そんな時代には、植林という概念すらなかったことでしょう。

この地域の里山や低山は、人の手の入った土地ばかり。鬱蒼(うっそう)とした原始の森は残っていません。木材を伐採した後に木を植えてもまともに育たない、乾燥した土地です。そして、赤い露頭(ろとう)※があらわな「はげ山」ばかりが目に付きます。そうした場所に雨が降れば、水は土砂を伴い流れ、黄河に集まるのです。泥色をした黄河は、大昔からの自然破壊の結果で生じているのです。

※露頭…地層や岩石などが地表に露出している部分のこと

チュウゴクニンジンボク

そんな人的自然かく乱が起きた、二次林や疎林(そりん)に好んで生える落葉の低木がこの植物です。チュウゴクニンジンボクVitex cannabifolia(ヴィテクス カンナビフォリア)シソ科ハマゴウ属。ニンジンボクという名は、この植物の葉が、オタネニンジン(朝鮮ニンジン)の葉に似た掌状複葉(しょうじょうふくよう)になっているからです。

チュウゴクニンジンボクの種形容語のcannabifoliaは「アサ(麻)の葉」という意味です。アサと同じような3~5枚の掌状複葉をしています。そして、葉の全縁には大きく切れ込んだ鋸歯(きょし)があるのが、この植物の大きな特徴でもあります。チュウゴクニンジンボクのことを単に、ニンジンボクと呼ぶ場合もあります。

チュウゴクニンジンボクには、4色程度の色幅がありました

この植物は、黄河流域の河北、山東、河南、四川等、各省の内陸山斜面などの開けた環境を好み生息しています。このチュウゴクニンジンボクを単一の種として認めず、タイワンニンジンボクの変種Vitex negundo var. cannabifolia(ヴィテクス ネグンド バリエーション カンナビフォリア)とする見解があるようです。

タイワンニンジンボク

タイワンニンジンボクVitex negundo(ヴィテクス ネグンド)シソ科ハマゴウ属。種形容語のnegundoは、サンスクリット語でこの植物の名前です。南アジアや東南アジアでは、この植物を民間療法の薬として使用してきました。

タイワンニンジンボクは、熱帯や亜熱帯に生息し、結構大きくなります。4m程度のタイワンニンジンボクを見ましたが、その2倍程度になるといいます。東アフリカから、南部アジア、東南アジア、中国南部などに生息し、荒れ地や道端など自然のかく乱があった環境を好みます。

タイワンニンジンボクは、チュウゴクニンジンボクに比べ大きいこと、葉の鋸歯があまり目立たず葉の面がツルンとしている細い枝の樹木です。ちなみに、ネグンドカエデAcer negundo(エイサー ネグンド)というモミジがあります。この植物の種形容語のnegundoは、このタイワンニンジンボクの葉に、そのモミジの葉が似ているという意味なのでした。

セイヨウニンジンボク

セイヨウニンジンボクVitex agnus-castus(ヴィテクス アグヌス キャステス)シソ科ハマゴウ属。種形容語のagnus-castusとは、キリスト教的な名前です。ラテン語を直訳すると「貞節な神の子羊」という意味ですが、本来の意味は、ギリシャ語とラテン語で「貞節」ということを繰り返して命名されました。

セイヨウニンジンボクは、英語でchaste tree(貞淑の木)やmonk pepper(僧侶のコショウ)などと呼ばれています。写真は、この植物の果実です。どことなくコショウの実に似ています。ハマゴウ属は、シソ科でよい香りを放ち、洋の東西においてハーブとして利用されてきました。かつては、西洋の僧侶がこの実をコショウの代用品として、さまざまな煩悩を打ち消し、性欲抑制に使ったといいます。その効能についてのエビデンスは不明ですが、セイヨウニンジンボクの種形容語には、そんな意味があります。

セイヨウニンジンボクは、地中海沿岸から西アジアを原産とする落葉樹。深刻な病虫害もなく、温暖な地域で栽培が可能です。夏にすがすがしい青い花を咲かせるので、爽やかな庭園樹として庭に植えたい木です。3m以上に育つのですが、強い剪定(せんてい)にも耐えられます。セイヨウニンジンボクの小葉(こば)数は多く、5~7葉ありました。

ハマゴウ属は、熱帯に多くの種を産し、数種が低木としてユーラシア大陸の海岸線や内陸の日当たりのよい里環境に生息しています。そして各地で、ハーブや薬草、蜜源植物、園芸用として利用されています。ハマゴウ属は以前、クマツヅラ科に分類されてきました。現在のAPG体系では、シソ科に変更されています。

次回は、マンテマ属の続き「マンテマ属[その4] さまざまにセンノウと呼ばれる植物」です。お楽しみに。

JADMA

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