タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

マンテマ属[その5] シレネいろいろ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

マンテマ属[その5] シレネいろいろ

2023/08/01

マンテマ属を学名でいうとシレネです。その名を聞くと、きれいな花を咲かせるいろいろな園芸植物が思い浮かびます。属名のSileneは、水の精とも、大量のワインを飲む酔っぱらいともされる、ギリシャ神話の神々の一人「Silenos(シレノス)」に由来します。彼はお酒の神様バッカスの養父で、酔っては口から泡を吹いたといわれています。植物のシレネには、粘液を分泌する種(しゅ)があります。このシレネ属は、ギリシャ神話と同様に地中海に縁が深いのです。

『マンテマ属[その4]』で紹介した、カッコウセンノウ、アケボノセンノウ、スイセンノウ、ムギセンノウたちの原生地は、皆ヨーロッパでした。世界のマンテマ属は、主に北半球に生息しているとされていますが、分布の中心は地中海沿岸域にあり、その地域から世界に広まったと考えられています。

コムギセンノウ

コムギセンノウSilene coeli-rosa(シレネ コエリローザ)ナデシコ科マンテマ属。それは、カナリア諸島、モロッコ、リビア、ポルトガル、イタリアなど、地中海西部沿岸域を中心に原生し、園芸的にビスカリアと呼ばれています。コムギセンノウの学名の別名(シノニム)は、Agrostemma coeli-roseaEudianthe coeli-rosaLychnis coeli-rosaなど、いくつもあります。マンテマ属は、600種を越える大家族ですが、まだまだ未解明なことが多い植物群のようです。

コムギセンノウの種形容語のcoeliとはcoeruleus=青色のことで、意訳すると「天空のバラ」という意味になると思います。この植物は、スカっとする花色ですが、バラほどは大きく立派にならない小さな一年草です。ウメナデシコという別名もあります。

「ピンククラウド」

こちらは、フクロナデシコSilene pendula(シレネ ペンデュラ)ナデシコ科マンテマ属。野生種はイタリア、ギリシャ、トルコなど地中海沿岸東部に原生していますが、花がきれいなため、園芸植物としてわい性※に改良されました。上の写真は、園芸品種で「ピンククラウド」といいます。別名サクラギソウともいうのですが、この「袋撫子(フクロナデシコ)」という和名がシレネ属の形態をよく表していると思います。

※わい性…草姿などが小型のまま成熟する性質のこと。

ホテイマンテマ

ホテイマンテマSilene uniflora(シレネ ユニフローラ)ナデシコ科マンテマ属。種形容語のunifloraは「一つの花」という意味です。この植物は、イベリア半島からスカンジナビア半島などに原生する海岸性植物です。がく片が布袋様のおなかのように膨らんでいます。シレネ属の一番の特徴といえば、このがく片の形状です。5枚の花弁を支えるがく片が合着し、袋状もしくは筒状になっているのです。

シラタマソウ

シラタマソウSilene vulgaris(シレネ ブルガリス)ナデシコ科マンテマ属。英語でbladder campion(ブラダー キャンピオン)といいます。campionとは、この仲間の総称で、bladderは、膀胱(ぼうこう)のことです。この植物のガク片が膀胱(ぼうこう)のように膨らんでいるからです。

シラタマソウは、地中海沿岸域の原生と考えられていますが、種子でよく増え、世界の温帯域に帰化しています。種形容語のvulgarisとは「普通に生息している」「広域に分布する」という意味を表します。地中海地域の一部では、この植物をリゾットに入れるなど食用にするらしいのですが、マンテマ属は一般的に毒性を持っているので、安易に利用しない方がよいでしょう。

オグラセンノウ

上の写真は『マンテマ属[その1]』で紹介した東アジアのオグラセンノウSilene kiusiana(シレネ キュウシアナ)です。マンテマ属のがく片は、袋状になるだけでなく、筒状になる系統もあります。このようにシレネは多様です。研究が進めば細分化されるかもしれません。

ムシトリナデシコ(シレネ アルメリア)

ムシトリナデシコSilene armeria(シレネ アルメリア)ナデシコ科マンテマ属。この植物も中南部ヨーロッパ原生と考えられています。ローズ色の小花がかわいいので、園芸植物としてガーデンに植えられたものがいつの間にか逃げ出して、世界各地で自生するようになりました。この植物記では、もともと野生で生息していた地域を原生地と定義しています。一方、自生地というのは、原生地以外で人の手を借りずに、自然に生息する地域をいいます。

種形容語のarmeriaは、この植物を表す古いラテン語です。日本には江戸時代に持ち込まれたとされ、コマチソウというかわいらしい名前があります。種子をたくさん付けること、丈夫で乾いた荒れ地を好み、雑草とも競合できるため、道端や空き地に広がり群生している様子をよく見ます。

ムシトリナデシコは、草丈が50cm程度になり、初夏に花序を出して小さな花を咲かせます。この植物は、花茎の先端に粘液を帯状に出して、そこに虫などが付着する仕組みを備えています。そのことから、この植物は食虫植物の一種と考えられた時代がありますが、現在は否定されています。

茎に粘液の分泌帯を持つムシトリナデシコ。それは、食虫植物ではないとされていますが、本当にそうなのでしょうか?不足する窒素などの栄養分を虫から調達するのが食虫植物です。植物のそうした進化は簡単ではなかったでしょう。イネ目、ツツジ目、シソ目などに属する植物たちがその能力を身に付けました。モウセンゴケ、イシモチソウなどナデシコ目の植物もあります。ムシトリナデシコもナデシコ目ですから、まったくその能力に無縁の血筋ではないように思います。

ムシトリナデシコ(シレネ アルメリア)の白花

虫を捕獲するような粘液を持っているムシトリナデシコ。その能力は何のためにあるのでしょうか?気まぐれで、そのような進化が起きると思えないのです。近年、同じように茎に粘着液を分泌するイワショウブの仲間が食虫植物として認定されました。ムシトリナデシコについても、現代の科学において詳しい研究が必要だと思います。

次回は「マンテマ属[その6] オオシラタマソウとマンテマ」です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.