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連載

水の滸(ほとり)[その1] アサザ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水の滸(ほとり)[その1] アサザ

2023/08/15

中国四大奇書(長編小説)といえば「三国志」「西遊記」「水滸伝(すいこでん)」「金瓶梅(きんぺいばい)」です。先の二つは、有名なので誰でも知っていると思いますが、後の二つ「水滸伝」「金瓶梅」は、近年では、話題にならないので、あまり知られていないかもしれません。今回の植物記は、その認知度の低い「水滸伝」についての物語から始まります。

今から1000年以上、昔の話。中国では、唐という世界帝国が滅び、五代十国(ごだいじっこく)といわれる時代になります。そして戦乱を経て、宋(そう、北宋)が建国されます。皇帝は、有力な軍人が皇帝に取って代わる世の中を廃し、科挙によって登用した官僚による文治政策を行います。やがて一部の官僚が特権階級として政治を操り、汚職によって私腹を肥やします。そして、異を唱える政敵を謀計によって排除していきます。

そうした世の中に対し民衆の反乱が頻発し、軍がそれを弾圧する荒廃した時代となりました。水滸伝という物語は、そうした歴史背景を元に書かれた物語です。

北宋の末期、宋江という首領の元に108人の英雄豪傑(えいゆうごうけつ)※が集い「替天行動(たいてんぎょうどう)」を旗印にします。それは、農民一揆のスローガンであり、天に代わり、正義を行うことを意味しています。さまざまな境遇や理由で排斥された人々が、梁山泊(りょうざんぱく)という山城に集い、正義をなしていくのは、とても痛快です。

※英雄豪傑…才能と武勇を兼ね備えている優れた人の総称のこと

その水滸伝の拠点となった梁山泊は、山を背負い、水の滸(ほとり)にあったという設定です。そのモチーフとなった場所は、山東省泰安市東平県の東平湖だと推定されています。

東平湖は、黄河の氾濫によって作られたもので、総面積約627平方キロメートルの水量と自然が豊富な沼沢地です。その滸には水生植物がたくさん繁茂していました。上の画像の中ほどに帯状で広がっているのがアサザの群落です。

アサザNymphoides peltata(ニンフォイデス ペルタタ)ミツガシワ科アサザ属。属名の由来ですが、スイレン属のことを学名でNymphaea(ニンファエア)といいます。Nymph(スイレン)+oides(オイデス)で、スイレン属に似た属種であるという意味です。

アサザの種形容語のpeltataは、peltatus(盾形の)という意味で、葉の形状を表します。英語でfringed water lilyなどと呼ばれるみたいです。この植物は、作りが繊細なために、流れが速い場所や波が立つような湖には生息していません。日本の本州、九州の沼沢地や水路、池などに原生します。

アサザは日本において、護岸工事などで生息環境が失われ絶滅危惧種の扱いですが、ユーラシア大陸の温帯域に広く分布する種でもあります。一方、アサザを移入した北米などでは、この植物が水面を覆い尽くすため、生物多様性に影響を与えること、そして水辺のレクリエーションに影響があるとして迷惑な雑草と見なされています。

アサザは、夏に水面から花茎を立ち上げて直径4cm程度の黄色い一日花を咲かせます。花びらは5弁あり、中央の筋が星形に見え、縁が糸状に裂けてフリルになります。それは、少しでも花を大きく見せるための精いっぱいのおめかしです。

アサザの漢字は「浅沙」です。アサザが陸地と接する浅い水深に生息する小さな水草であることを漢字は表しています。アサザは、水底に地下茎を這(は)わせ、水面に葉を浮かせるのであまり深い水深では生育できません。

アサザは冬に上部を枯らし、地下茎で冬を越える宿根草。水の底は思いのほか暖かいようで、園芸用に栽培すれば北海道でも栽培が可能なようです。そしてアサザは、春に地下茎から芽を出し、水面に円形の葉を浮かせ、夏にウリのような黄色い花を咲かせるのでした。

東平湖は、水深が浅く平均で2m程度です。岸近くの浅いところには、アサザがたくさん咲いていました。最後に水滸伝の続きです。義の行いで民を救おうとする梁山泊軍に対し、やがて時の皇帝が彼らを理解して受け入れたのです。しかし、腐敗した政治体制はそのままでした。悪徳官僚の意に沿わない梁山泊軍は、彼らの策略によって徐々に自壊していきます。前半の山城に集う話までは愉快で満足感が味わえるのですが、後半のモヤモヤ感と後味の悪さが、⽔滸伝が現代で⼈気が出ない理由のように思えます。

次回は「水の滸[その2] ガガブタ属」です。お楽しみに。

JADMA

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