小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
水の滸(ほとり)[その4] スイレン科
2023/09/12
植物の進化発生生物学によると、スイレン科は被子植物の初めに誕生した基部被子植物の一つとされています。きれいな花を咲かせる植物たちのご先祖さまということです。スイレン科は、スイレン属の他にコウホネ属、オオオニバス属など、淡水域に生息する水草であり5属程度が知られています。
園芸種のスイレンです。花被片、雄しべは多数。雌しべが合着し、お盆のようになり、それらはらせん状に配置されています。スイレン属Nymphaea(ニンファエア)のことは、2021年8月10日の『東アジア植物記 水の女神 スイレン属』に記述してありますので詳細は省いて、他のスイレン科植物の話を進めます。
コウホネNuphar japonica(ヌファル ジャポニカ)スイレン科コウホネ属。コウホネ属は、スイレン科の中で最も原始的とされています。漢字では「河骨」と表現されます。水の中に白く太い根茎があり、骨のようなイメージがあるからです。
オランダのアムステルダムの北緯は52度。この緯度は極東地域であれば、樺太(からふと)やカムチャッカ半島に相当します。国土の多くは、水面下にあり、各地の水路にはコウホネ属がたくさん自生していました。この属は絶滅種も現存種も北半球の温帯から亜寒帯に分布する水草です。
コウホネの葉は、二つの形態を持っています。水の中に生える沈水葉(ちんすいよう)と抽水植物の特徴の水面に生える気中葉(きちゅうよう)です。この植物は生息する環境によって、この二つを使い分けます。この沈水葉は、膜質で海藻のような質感です。コウホネ類は結構深い水の底にも生え、資料では水深5mにも生息するとあります。
コウホネは、夏に光沢のある直径3cm程度の黄色い花を咲かせます。花びらのように見えるのは、5枚のガク片です。花びらはガク片と雄しべの間にある付属物のようになっています。スイレン属との大きな違いは、コウホネ属が花弁に比べてガク片が大きいのです。
オゼコウホネNuphar pumila var. ozeensis(ヌファル プミラ オゼエンシス)スイレン科コウホネ属。種形容語のpumilaとは、背が低く小さいことを表します。変種名のozeensisは日本の尾瀬のことです。この植物は、ネムロコウホネNuphar pumilumの変種で、北海道や本州の月山、尾瀬などの沼地や池に生え、柱頭盤(ちゅうとうばん)が赤いのが特徴です。
コウホネ属は、酸素の少ない湿地やある程度の流水域、水深などで沈水葉と気中葉などを使い分け、臨機応変な生活形態を取る植物です。しかも、水深が浅いと葉を抽水させ、深いと水面に浮き葉を展開します。その状況下で花が咲いていないと、ヒツジグサなどのスイレン属と区別が難しいです。そして雑種を作りやすい植物でもあり、そうしたたくましさで地球環境の激変を乗り越えてきたのだと思います。
オニバスEuryala ferox(エウリュアレ フェロックス)スイレン科オニバス属。オニバスは、ハスとは縁が遠く、スイレン科の植物です。属名のEuryalaは、ギリシャ神話に出てくるゴルゴンの三姉妹の一人の名前に由来します。エウリアレの妹は「見たる者を恐怖で硬直させ、石にしてしまう」怪物としてよく知られるメドゥーサです。エウリアレを含む二人の姉もメドゥーサと同じ能力を持っていました。種形容語のferoxはトゲを持ち、恐ろしく危険という意味を持ちます。この二つの学名だけで、オニバスがどのような植物であるか想像ができます。オニバスは、2016年2月9日の『東アジア植物記 一番大きな葉をつける一年草 オニバス』で紹介しているので詳細は省きますが、ここで必要な項目だけ解説します。
オニバスは、日本の新潟を北限に東アジアからインドに原生します。日本で記録された最大の葉は2mを超えました。毎年、種子から更新する一年草なのですが、広い葉を展開して水面を覆うほどに繁殖力が強いのです。しかし、新しい葉が古い葉の上に乗り上げると、古い葉は光が遮られるので枯れてしまいます。その欠点を、オオオニバスという近縁種が解決したのでした。
現在、南米に生息するオオオニバスという植物は葉の縁を立ち上げ、葉が重なるのを防ぐようになりました。その進化が、葉の物理的強度を増すことにもつながり、他の浮遊性植物を押しのけることもできたのです。これは、一石三鳥ともいえる効果でした。このタライのような葉は、小さな子どもであれば、上に乗れるほど浮力があります。その記録的な大きさは、直径3m、縁の高さ20cmに達することもあります。
オオオニバス属は、南米のアマゾンなどに3種が原生していますが、最も冷たい水でも育つのが、パラグアイオニバスVictoria cruziana(ビクトリア クルジアナ)スイレン科オオオニバス属です。属名のVictoriaはイギリスのビクトリア女王、種形容語のcruzianaはペルーとボリビアで大統領を務めたアンソレス・デ・サンタクルスに献名されています。
日本の池に植栽されていた、パラグアイオオオニバスです。驚くことに、これも毎年種子で更新している一年草とのことでした。水草類の成長速度、恐るべしです。東アジアのオニバスと南米のオオオニバスは、近縁で同じ祖先から別れた姉妹関係とのことで、分子系統学からこの二つの属は、スイレン属に統合することが提唱されています。
次回は「水の滸[その5] トチカガミ科」です。お楽しみに。