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連載

水の滸(ほとり)[その6] ミズアオイ科

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水の滸(ほとり)[その6] ミズアオイ科

2023/09/26

植物の学名は、ラテン語で表記されます。それは、古代ローマ帝国の公用語でした。現在、この言語を公用語にしているのは、バチカン市国だけです。学術世界の共通語としてのラテン語は、どの国にも極めて「えこひいき」が少ない言葉です。そのような理由で、植物の名前はラテン語が使われています。そして、ラテン語はギリシャ語から多くの単語を取り入れているので、学名もギリシャ語由来のものが多くあります。

アラビア
数字
漢字英語フランス語イタリア語ギリシャ語ギリシャ語の
読み方
1 one un uno mono モノ
2 two duex due di
3 three trois tre tri トリ
4 four quatre quattro tetra テトラ
5 five cinq cinque penta ペンタ
6 six six sei hexa ヘキサ
7 seven sept sette hepta ヘプタ
8 eight huit otto octa オクタ
9 nine neuf nove nona ノナ
10 ten dix dieci deca デカ

モノ、ジ、トリ、テトラ、ペンタ、ヘキサ…とギリシャ語の数詞を読んでいくと、モノレール、ジエチルエーテル、トリケラトプス、テトラポッド、ペンタゴン、ヘキサタープなどの名詞が思い浮かびます。ギリシャ語の数詞は、外来語や学術用語に隠れているので、この読み方を覚えるとさまざまな言葉、その意味の理解に役立つでしょう。

植物の学名に使う数詞名は、ラテン語とギリシャ語を都合よく使い分けています。学名は呪文のようでなじめないと言う方もいますが、学名であれば、世界中の人と植物の共通の認識に立てます。

ミズアオイ

ミズアオイMonochoria korsakowii(モノコリア コルサコウィ)ミズアオイ科ミズアオイ属。ミズアオイは、日本では北海道から九州の水田や湿地に生息しています。しかし、関東以西では、生息がまれな植物となってしまいました。東日本大震災のあと、畑地の地盤が下がり、湿地に戻った様子を散見しました。そんな水たまりに、ミズアオイが咲いていました。きっと、地中にあった埋蔵種子が芽を出し、開花に至ったのでしょう。

ミズアオイの属名のMonochoriaは、Mono(数詞の1)+choria(分離した、離れた)という言葉の合成語です。花被(かひ)は、内花被片3枚、外花被片3枚、雌しべ1本、雄しべ6本の3数性です。雄しべに注目してください。黄色い葯(やく)を持った雄しべ5本、青い葯を持った雄しべが1本確認できると思います。それが、学名の「1本の離れた雄しべを持つ」という意味を表します。この植物は、ロシア、東アジア~東南アジアにまで生息する植物ですが、どちらかといえば涼しい環境を好む植物です。種形容語のkorsakowiiの意味はよく分からなかったのですが、おそらく、東シベリア総督だったКорсаков,Михаил Семёнович(ミハイル・セミョーノヴィチ・コルサコフ、1826~1871)の名前に由来するのだと思います。現在、ミズアオイは関東以西では、珍しい植物の⼀つになりました。

イネ科植物のそばに生えるコナギ

コナギMonochoria vaginalis(モノコリア バギナリス)ミズアオイ科ミズアオイ属。コナギは、日本全土、東アジア全域に広く生息しています。日本には、イネの伝来と共に移入したのではないかと考えられています。この植物は、イネの養分を奪って成長することから、厄介な雑草として扱われています。

コナギ

コナギを初めとするミズアオイ属は、葉の形がフタバアオイに似て、水の中に生えるという意味の和名が付いています。コナギは、イネの株間などで生育して、種子を水田に散布します。その種子は5月ごろ、水田の泥水の中で発芽するのです。通常の種子は、適度な「温度」と「水分」、そして「酸素」があることを条件に発芽します。ミズアオイやコナギは、酸素が少ない嫌気状態で良好な発芽をする例外な植物として知られています。

コナギは、夏から秋にミズアオイのようなきれいな青い花を咲かせます。同じように雄しべが6本ですが、1本だけ葯の色と構造が違います。学名はMonochoria vaginalis(モノコリア バギナリス)でした。種形容語のvaginalisは、葉鞘(ようしょう)を持つという意味です。この葉鞘とは、葉柄や花柄の基部がさや(鞘)状に発達した部分のことです。

ミズアオイ科は、単子葉植物の水草で、9属に分類されています。東アジア植物記ではミズアオイ属、ホテイアオイ属、ポンテデリア属の三つについてお話しします。ポンテデリア属は、南北アメリカ大陸に固有の植物であり、東アジアに生息していません。それでもこの植物は、花がきれいで見応えがあり、観賞用の大型水草として栽培されるのでご存じの方も多いと思います。

ナガバミズアオイ

ナガバミズアオイPontederia cordata(ポンテデリア コルデータ)ミズアオイ科ポンテデリア属。種形容語のcordataは、心臓の形を意味していて、葉の形によるとされます。カナダ東南部から南米に至る広範囲の湿地に生息し、水の中から抽水して葉を伸ばし、花を付けます。属名のPontederiaは、イタリアの植物学者Giulio Pontedera(ジュリオ・ポンテデーラ、1688~1757)に献名されています。

ナガバミズアオイは夏にこのような花を咲かせます。一つの花は、一日花で短命ですが、花穂が長く、たくさんの花を付けるところが、この植物の長所です。水色の花には、黄色い目印があり、虫を引きつけると共に、人々の目を楽しませてくれます。ミズアオイやコナギ、そして、このナガバミズアオイの若い植物体を食料にする文化があるようです。しかし、泥水で育つ植物を食すときには、いろいろな寄生虫に十分な注意が必要だと思います。

ホテイアオイ

さて、よくご存じのホテイアオイの登場です。この水草はメダカと一緒に育てる、夏の風物詩の一つでもあります。ホテイアオイEichhornia crassipes(エイクホルニア クラシペス)ミズアオイ科ホテイアオイ属。属名のEichhorniaは、プロイセンの政治家であるアイヒホルンに献名され、種形容語のcrassipesは「太い柄」を表します。ホテイアオイは、熱帯アメリカに原生する浮袋を持つ浮遊性の水草ですが、多湿であれば陸上にも根を張るたくましさです。その場合は、浮輪の構造がなくなります。最近では、このホテイアオイ属をミズアオイ属とともにPontederia(ポンテデリア)に含めるようです。 

ホテイアオイは、匍匐(ほふく)枝を出し猛烈な勢いで増える植物として知られ、外来生物法で生態系被害防止外来種に指定されています。ため池や用水、湖などで繁殖し、在来の動植物に影響を与えるほどで「青い悪魔」と形容することもあるようです。また、水上輸送を妨げます。メダカの草として楽しむのはよいですが、決して自然界に放してはいけません。

アイヒホルニア アズレア

こちらは近縁種のEichhornia azurea(エイクホルニア アズレア)ミズアオイ科ホテイアオイ属。フリンジの花弁に、深い紫の瞳のように中心部が印象的な水草です。anchored water hyacinth(固定された水ヒヤシンス)とも呼ばれ、きれいな花を付けるのですが、安易に持ち込み、自然に放つとホテイアオイ同様の繁殖力を持つので注意が必要です。中南米の熱帯、亜熱帯域に原生していて、種形容語のazureaは、色を表す形容詞で淡い青色を意味しています。

次回は「水の滸[その7] ヒシ属とモドキ」です。お楽しみに。

JADMA

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