小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
水の滸(ほとり)[その9] 浮草(2)
2023/10/17
同じように見える浮草にもいろいろありました。前回のアオウキクサと呼ばれる浮草の次は、アカウキクサと呼ばれる植物の登場です。色の違いだけのようですが、植物的には、かなり縁の遠い植物、アオウキクサは種子で殖え、アカウキクサは胞子で殖えます。
アゾラAzolla Sp.アカウキクサ科アカウキクサ属。この植物は「シダ植物門 シダ植物綱 サンショウモ目」とされる、原始的な植物の一つです。アカウキクサ属は、世界的にさまざまな種(しゅ)があるのですが、外観で判別は難しく、顕微鏡観察やDNA解析が必要なようです。私では分類知識が不足していて、ここでは単に「アゾラ」と表記することにしました。
アゾラの学名はAzollaですが、発音は「エィゾラ」だと思います。ローマ字の発音に慣れている私たちですが、Azollaの「A」は「ア」ではなく「エィ」です。属名のAzollaの意味は「水から離れて、乾燥すると死滅する」というギリシャ語由来だとされています。名前から察すると脆弱(ぜいじゃく)な植物のようですが、この植物、ただ者ではありません。
アゾラの葉の形状は、鱗片(りんぺん)状で2列に互生しているように見えます。胞子で増える植物ですが、この鱗片状の葉が細胞分裂によって次々と殖え群体となるか、組織がちぎれ分割されて殖えます。アゾラは、爆発的に成長することで知られています。その原動力となるのは、この鱗片葉の基部に共生している、空気中の窒素を固定するバクテリアによるものです。
水の滸シリーズでは、水草の成長速度が早いことを何度も述べてきました。それは、成長に必要な水が豊富にあり、水の緩衝力のおかげでセルロースやリグニンなど強固な組織形成が必要なく、無駄な投資がないからだと思います。このアゾラは、その中でも特に驚異的な成長速度を示す植物です。この植物の生育に最適な環境を与えると、2~3日でそのバイオマスを倍増させます。
※リグニン…炭水化物の一種で、木質素とも呼ばれる。セルロースでできた細胞壁の中や間に存在し、細胞を結合させる接着剤の役割をしている物質のこと。
そのアゾラは、かつて地球の気候に影響を与えたとされています。今年の夏は特に暑く、大気中の温室効果ガスの増大が原因ということが、実感できる出来事のように私は思いました。この温暖化現象は、地球の歴史において繰り返し起こったとされています。北極や南極から熱帯植物の化石が見つかることから、この現象は、今に始まったことではないのかもしれません。新生代古第三紀、始新世初期、地球は熱く、二酸化炭素の濃度は現在と比較して恐ろしく高かったとされています。
気象庁によると、現在、大気中の二酸化炭素の世界平均は415.7ppm。古代、当時の二酸化炭素濃度は3500ppm。それが、当時の北極海の淡水層において、このアゾラが長い年月に大発生。そして、そのバイオマスが分解されずに埋設されたことによって、大気中の二酸化炭素の濃度を650ppmにまで下げたとされています。にわかに信じることは難しいのですが、説得力がある仮説です。それは、アゾライベントと呼ばれます。興味がある方は「Azolla event」というキーワードで検索してみてください。このような小さな植物が、地球環境に大きな影響を与えたとは驚くほかありません。
平和、平穏、和平など「平」の付く言葉には「ほっこり」できる安心感があります。実は「平」という文字は、水面に平らに広がり水中に根を下ろす浮草の象形文字なのです。くさかんむりにさんずいと平と書いて「萍」、訓読みで「うきくさ」、音読みで「へい」です。
中国語で「槐叶萍(Huai ye ping)」、日本の漢字で「山椒藻」という、シダ植物の浮草があります。サンショウモSalvinia natans(サルヴィニア ナタンス)サンショウモ科サンショウモ属。中国で、エンジュの葉に似ている、日本ではサンショウの葉に似ている故の命名です。葉が対生する様子を観察した結果の命名だと思いますが、日本と中国の観察、どちらも科学的には正しくありません。
サンショウモの葉は、対生しているように見えますが、水の中に伸びて根に見える器官は沈水葉です。この植物は、節ごとに2対の浮遊葉と1枚の沈水葉を展開する輪生という葉の付き方をします。この葉はヒシの沈水葉に似ています。3対の葉は、茎で連結してつながっているのですが、ちょっとした力で茎が節々に分解され個体数が増えます。
サンショウモの属名のSalviniaは18世紀イタリアの博物学者にして言語学者、Anton maria salvini(アントン マリア サルヴィーニ)に敬意を示し、同じくイタリアの植物学者、Pier Antonio Micheli(ピエール アントニオ ミケーリ)が命名しました。種形容語のnatansは、この水の滸シリーズで何度も出てきました。それは、水に浮かぶという意味です。このサンショウモは、南北アメリカを除く、北半球の温帯~熱帯域に広く原生して、ヨーロッパなどにも見られる浮草なのです。日本では、各地に普遍的に生息していたのは過去の話。最近ではめったに見ることのできない浮草です。
サンショウモは、一年草の浮草です。秋になると胞子嚢(のう)を付け、胞子で越冬するシダの仲間です。1枚の葉は、大きなもので長さ1.5cm、幅1cmほどあり長楕円(だえん)形、先端はややくぼみます。葉肉の質感は、スポンジ状で内部に空気をためているようです。表面には、透明なクチクラ質の突起がびっしり生え、その表面張力で水をはじきます。その突起の先端が金属的に光を反射しているようにも見え、英語でWater spangle(ウオータースパングル)といい、水に浮いたスパンコールという意味の名もあります。
基本的にサンショウモ属は、熱帯域を中心に10種ほどの生息と見積もられています。東アジアには、サンショウモが原生し、東南アジアには南国サンショウモという種(しゅ)があります。サルビニア ククラータSalvinia cucullataサンショウモ科サンショウモ属。葉の長さ0.8cm程度、幅0.6cm程度、杯のような猪口葉を特徴とする種です。小型のサンショウモという印象です。
次回は、もう少し水草としては珍しい水生シダの話を続けます。あの牧野富太郎先生が日本において、初めて発見した「沈水生の食虫植物」であるムジナモについて紹介します。お楽しみに。