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水の滸(ほとり)[その10] デンジソウとムジナモ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水の滸(ほとり)[その10] デンジソウとムジナモ

2023/10/24

アカウキクサ、サンショウモなどシダ植物の水草は珍しく異例です。水草は、アカウキクサ科、サンショウモ科そしてデンジソウ科の3科に分類され、サンショウモ目として統括されます。

オオサンショウモ

『水の滸[その9] 浮草(2)』には続きがあります。オオサンショウモSalvinia molesta(サルビニア モレスタ)サンショウモ科サンショウモ属。この種は、熱帯アメリカに原生ですが、外来の移入種として国内で散見されていました。葉は大きなもので、長さ2cm、幅1.5cm程度となり、日本在来のサンショウモに比べて一回り大きく、展開した葉が二つ折りになる特異な形状を持ちます。このオオサンショウモなどサンショウモ属は浮草ですが、抽水性のシダ水草であるデンジソウ科に近縁だそうです。

デンジソウ

デンジソウMarsilea quadrifolia(マルシレア クアッドリフォリア)デンジソウ科デンジソウ属。属名のMarsileaは、イタリアの博物学者Luigi Ferdinando Marsili(ルイージ・フェルディナンド・マルシーリ、1658~1730)の名にちなみ、種形容語のquadrifoliaとは、四つの葉という意味です。デンジとは「電子」や「電磁」ではなく『「田」の字』のこと、四つの小葉が「田」の文字を表すからです。

デンジソウの見た目は、四つ葉のクローバーのようであり、カタバミのようでもあります。英語ではWater cloverともいいます。デンジソウは、水底に細い根を張り巡らし広がり、夏に葉柄(ようへい)を伸ばし、四つの小葉を付けます。そして冬になると上部を枯らし、休眠する多年草です。デンジソウは、日本や北半球の温帯に広域分布するのですが、現在の日本において、生育区域は限定的で珍しい水草の一つになりました。

葉の形から見て、クローバーやカタバミをご存じの方に、このデンジソウ科をシダ植物だといってもふに落ちないかも知れません。しかし、デンジソウ科は、花を咲かせず胞子嚢(ほうしのう)を付け、胞子で増えます。上の写真は、根茎から葉柄を伸ばし、葉を展開するまでの様子が、ワラビやゼンマイのようで、デンジソウ科のシダらしい姿を示しています。毛も生えているし、デンジソウ科が「私はシダの仲間です」と言っているようです。

デンジソウ科は、熱帯域を中心に分布し三つの属で構成されています。種属は多く70種ほどあります。日本には、夏緑冬枯れタイプの宿根草のデンジソウと、常緑型のナンゴクデンジソウ(南国田字草)が生育しています。デンジソウ属は、上の写真のように四つの小葉を持ちますが、他の属には2枚の小葉を持つもの、小葉を持たない属種もあります。英語でデンジソウ属をHelicopter Ferns(ヘリコプター シダ)ともいうようです。

デンジソウやサンショウモなどのシダ植物の水草は、昔は、水田などに普通に生える雑草でした。しかし、今ではお目にかかるのも難しい植物の一つです。それは、水田で使用される除草剤に敏感なことと、水辺の開発などで生育する環境が失われたからです。

ムジナモ

水草の中には、水面を覆い尽くすほど、蔓延(はびこ)る種がある反面、日本での絶滅が心配な水草もたくさんありました。ここからは、ユーラシア、アジア、アフリカ、ロシア、オーストラリアに広域分布する植物でありながら、全世界的に生育域と生育数が少ない水草の登場です。ムジナモAldrovanda vesiculosa(アルドロヴァンダ ベシクロサ)モウセンゴケ科ムジナモ属。属名のAldrovandaとは、16~17世紀イタリアの博物学者Ulisse Aldrovandi(ウリッセ・アルドロヴァンディ、1522~1605)に献名された名です。スウェーデンの生物学者Carl von Linné(カール・フォン・リンネ、1707~1778)は、アルドロヴァンディを博物学の父と評価したといいます。ムジナモは、17世紀にインドで見つかり、18世紀にイタリアで標本にされ、学名が決まりました。

ムジナモは、浅い水中に沈水する水草の食虫植物です。成体には、根がありません。種形容語のvesiculosaは「小胞が多い」ことを表します。ムジナモは、植物体に存在する膜で囲まれた袋状の構造に、空気をためて浮力を得ています。生育環境がよいと、茎の先端から盛んに葉を形成して成長するのですが、基部が次々に枯れていくのであまり大きな株になりません。ムジナモの葉は、数枚~8枚程の輪生(りんせい、茎の一節に葉が3枚以上付くこと)という構造をしていて円柱のように水中に漂います。葉の先端に5mm程度の捕虫葉(ほちゅうよう)を展開して、水中のプランクトンを捕まえるのです。

ムジナモは、食虫植物のモウセンゴケ科に分類され、ムジナモ属を構成する1属1種の植物です。化石の記録では、過去に繁栄した時代があるらしく、この種属は19種ほどの絶滅種が確認されているといいます。ムジナモは、この時代の遺存種と考えられ、生きている化石なのでしょう。ムジナモは、DNA分析によって、同じく1属1種で北米の中南部の湿地に生育するハエトリグサDionaea muscipula(ディオネア ムシプラ)と関連するといわれています。

ムジナモの茎を切り、輪生する葉を撮影してみました。ムジナモの先端にある捕虫葉は、5mm程度と小さいのですが、ハエトリグサの葉や捕虫葉と十分な類似性を示すと思います。

1890年(明治23年)5月11日、東京都江戸川区小岩の用水池において、あの牧野富太郎先生が偶然に奇妙な水草を発見しました。それは、日本における初めてのAldrovanda vesiculosaの発見でした。そして、牧野先生によってムジナモと命名されたのでした。この植物は、水鳥の足に付着して拡散する植物です。その後、日本各地で発見が相次いだのですが、生育地の埋め立てや開発でほどなくして絶滅して、今に至ります。近年、少数の生育が確認されていますが、いつ絶滅してもおかしくない状況です。人目に付かない「どこか」で生き残っていることを願うばかりですが、人の栽培によって保護や人の手によって保全が必要な状況です。 

次回は、水の滸シリーズの最終回「タヌキモとさまざまな水草」です。お楽しみに。

JADMA

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