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ジュズダマ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ジュズダマ

2023/11/14

ある日、電話で園芸相談を受けた私。「子どものころに遊んだ、あのジュズダマ、最近めっきり見なくなったのはどうしてかしら?」というのです。確かに、都市では見かけなくなりました。あったとしてもたまに見かける程度で、あのジュズダマはどこに行ったのでしょうか?

ジュズダマ

ジュズダマCoix lacryma-jobi(コイクス ラクリマ-ジョビ)イネ科ジュズダマ属。ジュズダマの故郷は、インドなど南アジアやインドシナ半島。そして、紀元前から東アジアに導入された有用作物です。この植物は、熱帯域では多年草、温帯域では一年草となります。

懐かしいジュズダマの殻です。テレビゲームなどない時代、子どもたちは野原が遊び場でした。野原にはジュズダマがあり、よく目につきました。それは、宝石の輝きにも似た、天然のビーズ玉です。子どものころは、喜んで手に取ってポケットに入れたものです。ジュズダマの属名のCoixとは、アラビア半島に原生するHyphaene thebaica(ヒファエネ テバイカ)というヤシの仲間の古い名前が由来です。ジュズダマの殻が、そのヤシの実に似ているらしいのです。

ムクロジの数珠(左)とムクロジの実と種(右)

ジュズダマの「ジュズ」は、漢字で「数珠」と書き、一説によるとお釈迦(しゃか)様に始まる法具の一つ。数珠の数は、煩悩と同じ108個からなるとされています。数珠は元々、ムクロジSapindus mukorossi(サピンダス ムコロジ)ムクロジ科ムクロジ属の種子から作るらしいのですが、ムクロジの学名であるSapindusは「インドの石鹸(せっけん)」を意味することから、お釈迦様との地理的な縁があります。左上の写真は、自分で採取して作ったムクロジの数珠です。ムクロジの種子はとても硬く、穴を空けるのは至難でした。

イネ科のジュズダマは、硬い殻ながら自然と中心に穴が空いているので、糸を通すことは難しくありません。ジュズダマの殻は、美しさと加工のしやすさから、歴史的に「祈りのビーズ」として使用されてきたのです。それは、仏教を越えて、キリスト教の「ロザリオ」にも使用されています。紀元前に、稲作と結びついて渡来したとされるジュズダマは、各宗教が渡来する前から野にあったはずです。人々は、子どもの遊び道具や装飾用に使っていたことでしょう。

ジュズダマには、殻の硬い原種と殻の柔らかい栽培種があります。硬い原種は、皆さんのよく知っているジュズダマであり、殻の柔らかい変種がハトムギCoix lacryma-jobi var. ma-yuen(コイクス ラクリマ-ジョビ バラエティー マ-ユェン)イネ科ジュズダマ属です。それぞれの学名の由来が興味深いので解説します。

まず、ジュズダマの学名を付けたのは、分類学の父といわれるあのCarl von Linne (カール・フォン・リンネ、1707~1778)。種形容語のlacryma-jobiとは、旧約聖書に出てくる「Job(ヨブ)の涙」という意味です。ヨブは、神とサタンによってその信仰心を試され、つらい極限の試練に耐えた人物とされています。英語で、ジュズダマのことを「Job’s Tears」といいます。

ハトムギ

次は、ジュズダマの変種、ハトムギについてです。変種名のma-yuenは、推察のとおり中国名です。漢字で書くと 「馬援(ばえん、紀元前14~紀元後49)」という将軍のことです。彼は、紀元前後の漢、陝西(せんせい)省の人で、子孫に帝(みかど)の皇后や、三国志で有名な馬超(ばちょう、176~222)を排出しました。彼は、現在のベトナムに遠征した際に、実の柔らかいジュズダマの栽培種を知り、中国に持ち帰ったとされています。故に食用の変種に彼の名前が記されることになりました。

ハトムギを日本ではあまり食べませんが、アジアでは普通に食用です。中国の黄河流域は乾燥していて、お米の栽培に適する降雨量がありません。故に米食ではなく、伝統的にコムギ食、雑穀食です。写真は、ある日の私が食べた朝食です。中国式の揚げパン「油条(ヨウティヤオ)」を豆乳に漬けたもの、ジュズダマの栽培種である「ハトムギがゆ」、それはおいしくいただけました。

世の中には、観察力の鋭い方がいて、ジュズダマの硬い殻から、柔らかいものを見つけて栽培し、その中からさらに簡単に脱殻できるものを収量の多いものへと改良したのだと思います。品種改良は営々と続けられ、ジュズダマはハトムギになったのです。アジアでは、乾燥したハトムギを薬用やお茶、雑穀として食用にします。ハトムギと小豆のおかゆは優しく、体に染みるお味です。

「油条」という揚げパンも紹介しておきます。条とは細長い物を意味する漢字です。上の写真は、中国華北の路上、油条売りの風景です。その手際があまりにも素早く見事で、見とれていました。油条は中国の国民食ともいえます。それは、豆乳に付けて食べると美味で、それぞれ路上で買えます。

ジュズダマの殻とは、何でしょうか? その殻は、花を包む葉である、鞘(さや)状の苞(ほう)で、「苞鞘(ほうしょう)」といわれる組織です。この苞鞘が硬くなったのが、ジュズダマの殻なのです。中には雌花が入っていて、胚珠(はいしゅ)を殻が保護しているのです。上の写真は、苞鞘から雌しべの白い柱頭(ちゅうとう)が出現しているところを写したものです。この柱頭は、雄しべの葯(やく)が熟す前に出てきます。

ジュズダマの開花の順番です。まず初めに苞鞘から熟した雌しべの柱頭と、未成熟な雄しべのさやが出現します。柱頭が枯れ落ちたころに雄しべは成熟して、花粉が出ます。こうしてジュズダマは、自らの遺伝子で交配が起きないように時間差を利用し、遺伝子の多様化を担保するわけです。

さて、話を元に戻します。ジュズダマが都市部でめっきり姿を見せなくなった理由です。ジュズダマが、生える環境は上の写真のような草原の水辺や、人が稲作を営む里山の環境です。ジュズダマの種子は、水の流れによって運ばれて、分布を広げるのですが、自然の小川や用水のある風景は、都会で見ることが難しくなったからでした。

次回は、これからの季節においしい「シュンギク属」についてです。お楽しみに。

JADMA

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