小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
祈祷(きとう)に用いる豆 トウアズキ
2023/12/05
友人にバタフライピーの花茶を飲んでもらいました。
「へーこれ何なの?」
バタフライピーから作る青いお茶と説明するとけげんな顔をするのです。
「それって、チョウチョウのおしっこ?」
違います。それは「Pee」です。これは「Pea」だから、ピーナツの「ピー」、すなわち「マメ(豆)」のことです。結構「ピー」の勘違いをされる方がいらっしゃいました。今回は、バタフライピーと同じマメ科の植物「ロザリオピー」と呼ばれるマメの話から始まります。
トウアズキAbrus precatorius(アブラス プレカトリウス)マメ科トウアズキ属。属名のAbrusとは、ギリシャ語できれいに輝く様を現します。種形容語のprecatoriusは、祈祷(きとう)に用いるという意味です。いずれの学名も、この植物の種子の形状と用途について説明しています。
トウアズキ属は、熱帯の森林に十数種類が分布するマメ科の種属です。その中でもトウアズキが最も知られています。トウアズキは、オーストラリア、熱帯アフリカ、南アジアから東南アジアに広く分布していますが、例外的に日本の先島(さきしま)諸島でも見られます。
これが、トウアズキの種子です。縦8mm、横5mm、重さ0.2g程度の楕円(だえん)体。基部に黒い斑紋があり、全体が赤色。光沢があり、魅力的な色彩を放ちます。その色合いは、テントウムシにも似ています。英語でRosary pea(ロザリオピー)といい、強い毒性を持つ種子でありながらも、装飾品や数珠などに加工され、宗教的な祈りにも利用されます。
トウアズキは、熱帯性のつる性落葉低木です。原生地のほかにフロリダや熱帯アメリカにも分布を広げています。葉は10cm程度の長さがあり、10~20対ぐらいの偶数羽状複葉(ぐうすううじょうふくよう)という形状です。
上の写真は、トウゴマRicinus communis(リキニス コムニス)トウダイグサ科トウゴマ属です。ヒマとも呼ばれます。属名のRicinusとは、この植物の実がヨーロッパ全土に生息する吸血ダニの一種、Ixodes ricinus(イクソデス リキニス)に似ている故です。その種子は、細胞毒である「リシン」を含み、極めて有毒です。
このトウアズキとトウゴマ、和名からしてどちらも中国を経由して紹介されたのでしょう。そして、どちらの種子も細胞のタンパク質合成を阻害する毒素を多く含みます。トウアズキは、トウゴマの「リシン」より、さらに強力な毒素である「アブリン」を含みます。種子がエキゾチックで美しいのは理解できますが、猛毒を含むものを装飾品や数珠にして利用するのは、何が起きるか分からないので、おすすめできません。この種子に触れてしまったら、よく手を洗いましょう。毒素は、種皮の内部にあり、種子を口に入れてかみ砕いたら非常事態です。解毒剤はなく致死量はほんのわずかです。
野山にはさまざまな植物があり、いろいろな有毒植物も多いです。植物の名前を知り、どのようなものなのか理解する知識は、命を守ることにも通じます。
トウアズキの種子に似た果実を付ける植物を紹介します。トチバニンジンPanax japonicus(パナクス ジャポニクス)ウコギ科トチバニンジン属。これはマメ科ではなく、ウコギの仲間です。「朝鮮ニンジン」もトチバニンジンと同じ仲間で、日本の山林に分布する希少種です。この植物の果実の形状、大きさ、色合い、トウアズキの種子に驚くほどにそっくりです。
もう一つ、先島諸島で見たマメのお話です。日本における亜熱帯地域は、行くたびにいろいろな珍しくて新しい植物に出会える場所です。
岬周辺は風が強く、開けた草地になっていました。牛の放牧地になっている様子です。そんな草むらに妙なつる植物があります。私は見たことがありませんでした。
黒い色をした花が咲いていました。それは、マメ科独特の旗弁(きべん)、側弁(そくべん)、竜骨弁(りゅうこつべん)を付ける、いわゆる豆花です。クロバナツルアズキMacroptilium atropurpureum(マクロプテリウム アトロプルプレウム)マメ科ナンバンアカアズキ属。種形容語のatropurpureumは「暗い紫色をした」という意味です。
クロバナツルアズキの花はへそ曲がり。左右対称になっていません。特に英語でkeel(キール)と呼ばれる竜骨弁(花の中央にあって、雄しべ、雌しべを格納する二つの花弁)がねじれています。この植物はもともと、日本に原生する植物ではなく、北米南部からメキシコ、メキシコからブラジルに分布する野草でした。日本には牛の飼料に紛れて持ち込まれた植物のようです。
この植物は、英語ではPurple Bush-Bean(パープル ブッシュ ビーン)といわれ、亜熱帯、熱帯地域の牧草とされています。葉は深い緑色で細かい毛が密生、日本のクズ(葛)のようで3枚の複葉です。インゲンマメのような豆果を付けていました。野山を歩いているとマメ科の植物たちによく出会います。
食事でも「豆」にお世話になっている私たち。次回の植物記も「豆」という植物についてです。お楽しみに。