小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ダイズ
2024/01/09
私たちと同じように植物にも故郷があります。以前ご紹介したシュンギクは、もともと地中海沿岸地域に生える野草でした。秋まき一年草のダイコン、カブ、ストックなども、その地域から世界中に広まったのです。ササゲ、スイカやオクラは、アフリカ。トマト、ジャガイモの野生種は南米に原生しています。アズキ(小豆)は、東アジアが起源でした。そして、人類にとって重要な食料となっているダイズ(大豆)も東アジアが起源といわれています。
豆腐のみそ汁に納豆、煮豆と厚揚げにしょうゆをかけたらダイズ料理のフルコース。東アジアは、ダイズの故郷です。煮て、焼いて、発酵させて、スプラウトなどにして、私たちはダイズを食べています。
上の写真は、腐乳(ふにゅう、fǔrǔ)といいます。豆腐に麹(こうじ)を付け、塩水の中で発酵させたものです。これは、沖縄の発酵食品「豆腐よう」の原型で、チーズのような濃厚な味、お粥(かゆ)と一緒に食べると美味、美味。よくもまあ、このような食品を考えたものです。
ダイズから作る豆腐は、紀元前に中国で発明されたといわれています。豆腐は、東アジアのみならず、東南アジアでも広く利用されている食品ですが、本場である中国では、豆腐の食文化は豊富です。中国の路上で、売られている臭豆腐(しゅうどうふ)。質は木綿より硬く、半分発酵させたような匂いと味がします。上の写真のように、唐辛子で辛く味付けして、パクチーを入れて食べることが多いようです。
上の写真は、中国最南部のシーサンパンナ(西双版納)・タイ族自治州にある「シーサンパンナ熱帯植物園」の招待所で朝食に出てきたおかずです。大豆を発酵させたしょっぱい豆。日本の大徳寺納豆の原型のようでした。
東アジアには、ダイズの野生種とされる植物があり、ダイズを使うさまざまな食文化が古くから存在していることから、この地域においてダイズがドメスティケーション(作物化)されたことは間違いありません。しかし、どの国において作物化されたのでしょうか?日本や中国、韓国において、紀元が始まるかなり前の遺跡から、野生種と違うダイズの痕跡が見つかっていて、その起源の詳細はいろいろと議論されています。
ダイズの野生種を見ていきましょう。ツルマメGlycine soja(グリキネ ソジャ)マメ科ダイズ属。属名のGlycineとは、Carl von Linne(カール・フォン・リンネ、1707~1778)の命名です。彼は、ダイズ属の他種が甘い根を持つことを知り、ギリシャ語で「甘い」という意味を属名にしたとされています。種形容語のsojaとは「しょうゆ」を表します。それは日本植物誌を書いた、Philipp Franz Balthasar von Siebold(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト、1796~ 1866)とJoseph Gerhard von Zuccarini(ヨーゼフ・ゲアハルト・ツッカリーニ、1797~1848)が命名しました。
ツルマメは、日本では北海道から鹿児島まで分布していて、中国東部、朝鮮半島、ロシア極東などの日当たりのよい野に原生するつる性植物です。そして、道端などにも雑草的に生えるので、頻繁に目にします。葉は三出複葉(さんしゅつふくよう)で、夏から秋に葉腋(ようえき)から花序(かじょ)を伸ばし、1cmに満たない上の写真のような蝶形花(ちょうけいか)を咲かせます。
ツルマメは、名前の通り、長いつるを伸ばし、なにかに絡みながら生息します。結構つるは長く、3~4mに伸長します。花を付けると自家受粉して、秋に3cm程度の平たい豆果(とうか)を付けます。茎葉、果実には毛が密に生え、個体によって生える毛の色が違います。
上の写真は、毛が濃い茶色い莢を付ける個体です。工事現場のフェンスに絡んでいました。野生のツルマメにはさまざまな形質があり、こうした多様性が黒豆や茶豆などの品種差を生んでいるように思います。
野生のツルマメとダイズを比べてみました。その豆果や種子の大きさの違いは、驚くものです。この人類が成し遂げた、ツルマメのダイズへの作物化は、神業と言わなければ何と言うのでしょうか?今ある、ダイズの種子を失ったとしたら、もう一度ツルマメから作物のダイズを作ることは不可能のように思えます。
上の写真は、皆さんがよくご存じのダイズです。ダイズGlycine max(グリキネ マクス)マメ科ダイズ属。種形容語のmaxの意味は不明ですが、おそらくmaximum(最大)を意味しているのだろうと思います。ヤブツルアズキがツルナシのアズキになったように、長いつるを伸ばすツルマメは、つるのない形質が選抜され、さまざまな改良が営々と行われたことによって、現在のダイズになったわけです。
雲南省の路上で、ダイズの若莢であるエダマメを⽯⾅ですりつぶして呉汁(ごじる)にしていました。私は、砂糖を少し入れて、「ずんだ」にして食べたいです。ダイズの利用方法は、実にさまざまです。大昔の日本人は、あまり動物の肉を食べなかったようですが、それでも健康な体を維持してきたのは、ダイズの栄養があったためともいわれています。植物育種という技によって誕⽣したダイズは、⼈類の食に大きな貢献をしています。
次回は「翼を付ける果実 ツクバネ」です。お楽しみに。