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ツクバネ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ツクバネ

2024/01/16

毎年、冬になると近くの雑木林にムクロジの様子を見に行きます。いかがしているものか、気になる「木」なのです。

ムクロジ

「よかった。今年もちゃんと実を付けている。」私は、木の実が大好きです。今年も、いくつか実を拾いました。

ムクロジの種子を用いた「羽根」

ムクロジの種子は、硬いので、板で打つと「カーン」と乾いた音がして、まるで高弾性のゴムボールのようによく弾みます。この種子に、鳥の羽を付けて「羽根」にして遊ぶのが羽根突きです。お正月を代表する遊びの一つですが、羽根突きをしている風景は本当に見なくなりました。

ツクバネ

この羽根突きの「羽根」によく似た果実を付けるのが、ツクバネという植物です。ツクバネBuckleya lanceolata(バクリーヤ ランセオラータ)ビャクダン科ツクバネ属。ツクバネ属は、東アジアに3種、北米南西部に1種のみ生息している希少な落葉低木です。

属名のBuckleyaは、John Torrey(ジョン・トーリー、1796~1873)が、北米の南東部山地に点在している希少種を発見したSamuel Botsford Buckley(サミュエル・ボッツフォード・バックリー、1809~1884)に献名したものです。しかし、この種子の最初の発見者は、イギリス人のThomas Nuttall(トーマス・ナトール、1786~1859)でした。そのため、北米産種の正式学名は、Buckleya distichophylla (Nutt.) Torr.になっています。

この植物種でも、2022年6月21日に公開した『イワウチワ属とイワカガミ属』の中で紹介したAsa Gray Disjunction(エイサ・グレイの連結と分離)理論の通りだと思います。これは、東アジアと北米東部の植物との驚くべき同一性に付いて述べています。その北米でツクバネは、Pirate Bush(パイレーツ ブッシュ)と呼ばれています。

日本の本州から九州の山地に生息するツクバネは、日本では珍しいビャクダン科の植物でした。この科は、熱帯を中心に生息する植物種で、半寄生という進化をした植物です。ツクバネは、自ら光合成によって栄養を作ることはできますが、これに加え、他の植物が作り出す栄養を横取りして栄養を補完しています。故にPirate Bush=海賊の低木といわれます。それは、どういうことなのでしょうか。

ハマウツボ属の根

以前に葉緑素(ようりょくそ)を持たず、全寄生するハマウツボ属の根を観察したことがあります。白い根は寄主(きしゅ)の根で、黄色い根がハマウツボ属の根です。それは、寄主の根の内部に貫入していたのでした。自分の興味のために、ツクバネのような珍しい植物を掘り上げることはしませんが、おそらくこのような仕組みになっているのだと思います。

ツクバネは、雌雄異株(しゆういしゅ)で春に開花します。雌花は秋に熟すのですが、雌花を保護していた苞(ほう)が4枚、果実に付属物として付くのでツクバネ状の果実になるのです。この植物の新梢(しんしょう)は分枝して垂れ下がり、先端に花が付くようです。種形容語のlanceolataとは、葉の形状を表します。それは、先が尖(とが)り、基部が広い、やりの刃に似た葉形です。それを植物学では披針(ひしん)形といいます。

ツクバネは、低山にあるヒノキと広葉樹の雑木林に生えていました。どの木に半寄生していたかは不明ですが、ツクバネの寄主は幅広いといわれています。上の写真は、その生息環境と低木状に広がるツクバネの株元を撮影したものです。ツクバネの葉色は、淡いながら緑色をしているので、光合成だけで生活できるはずです。それなのになぜ、このツクバネ属が半寄生の生活スタイルを選んだのか、私には分かりません。

熟したツクバネの果実は、枝からクルクルと回りながら落下します。ところが、ツクバネは2m程度の高さしかない低木です。そのため、回転しながら風にのって遠くに飛ばされるわけでもなく、滞空時間はわずかです。植物の進化には理由があるはずです。あまり意味をなさないツクバネの羽はいかがなものでしょうか?

フタバガキ科

東南アジア、南アジアの熱帯林には、フタバガキ科といって、樹林の上に飛び出る超高木があって、上の写真のような羽が付いた種子を付ける植物があります。果実が熟すと、この種子が回りながらゆっくり落下します。そして、その時に風が吹くと羽の抵抗で種子が広い範囲に運ばれるのです。

上の写真は、ツクバネ果実です。形状は、あのフタバガキ科の果実に極めて似ています。であれば、この羽の形状の意味も同じと考えるのが普通です。もしかすると、この低木であるツクバネのご先祖様は、高木だったのかもしれません。

次回の東アジア植物記は、ツクバネという和名を持つ植物たちのお話です。お楽しみに。

JADMA

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