小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
翼を持った果実[その3] ひねり技を使う種子
2024/02/13
植物たちは、たどり着いた場所を離れません。しかし、自分の子どもたちには自分と違う場所で生きてほしいのです。花を咲かせ種子を付けると、その種子を遠くに運ぶことを考えないといけません。その方法は、植物によってさまざまですが、一つの手段が種子や果実に翼を付けることでした。フタバガキ科の植物は、がく片を翼状にしました。そして、回転しながらゆっくりと落下することによって、種子を飛散させます。今回は、種子に「ひねり」を加え回転させる植物を紹介します。
シンジュ(神樹)Ailanthus altissima(アイラントゥス アリティシマ)ニガキ科ニワウルシ属。過去にウルシ科とされた経緯があり、ウルシ属ではありませんが、ニワウルシの名があります。「臭椿(しゅうちん)」という呼び方もあります。属名のAilanthusの由来は不明、種形容語のaltissimaは、ラテン語で「最も背が高い」ことを表します。上の写真は、この植物の原生地でもある黄河流域、河南省 龍門石窟の前で撮影しました。
シンジュは、陽樹で開けた場所を好み生息します。互生する大きな羽状複葉(うじょうふくよう)を持つ落葉高木で、急速に成長する樹木です。中国では、その葉、樹皮などを伝統医療に利用し、その果実を「鳳凰(ほうおう)の目」と表現します。
この木を英語では、Tree of Heavenともいいます。美しい庭園樹として世界各国に導入され、物珍しいと歓迎されたのです。この植物は、雨の少ない荒れた土地に生えていました。繁殖力と環境耐性が強く、丈夫で成長が早いこともあり、今では各地で有害な雑木扱いです。天国の木と呼びながら、実に身勝手なのが私たち人間という生き物です。
シンジュは、日本にも導入されました。すぐに樹高10m以上に大きくなります。そのスピードは、神がかり的。雌雄異株(しゆういかぶ)の樹木で、夏に花を咲かせ、秋にこのような果実ができます。種子の飛散能力が高く、風に乗って遠くに運ばれ、高速道路沿いや河川敷などの開けた土地に広がりました。
これが、シンジュの種子たちです。一つの大きさは、翼のような果実を入れて5cm、中心にある種子が6mm程度です。この果実は先端がねじれていて、空気抵抗によってひねりが生じ、横方向に鋭く回転します。1回転3回ひねりだとすると、ウルトラC難度か何かでしょうか。シンジュの種子は、数えることが困難なほど連続して回転する「ひねり」技で、種子が飛散します。
シンジュを見たのは、世界遺産の龍門石窟(りゅうもんせっくつ)を望む渭水(いすい、黄河の支流の一つ)のあたりでした。余談ですが、龍門石窟を少し紹介したいと思います。龍門は、都であった洛陽(らくよう)に通じる関所があった場所。その遺跡は、魏(ぎ)、斉、隋(ずい) 、唐、宋(そう)とおのおのの王朝が造営をしました。石窟の数は2345カ所、大小合わせて10万体を数える仏像があります。10万と聞くと、まさかと思うかもしれませんが、大きさ5cmほどの小さな仏像をたくさん含めた数です。龍門の遠望は、上の写真のような感じです。
奉先寺洞という洞(ほら)が、最も有名な遺跡です。その規模は大きく、上の写真では、全てが写っていませんが、おそらく左から文殊菩薩(もんじゅぼさつ)。次にお釈迦(しゃか)様に帯同して世話をした若き弟子、阿難陀(あなんだ)。そして、中央にいらっしゃるのが毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ) 、密教では大日如来(だいにちにょらい)です。続いて仏教第二祖とされる、お釈迦様の弟子であった迦葉(かしょう) 。普賢菩薩(ふげんぼさつ)、四天王の毘沙門天(びしゃもんてん)、金剛力士(こんごうりきし)と続きます。その出来栄えと規模は、1500年も前の遺跡と思えないほど完成度が高いものです。文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ)の下の方に人の頭が写っているので、その大きさを確認できると思います。
ひねり技を使う果実の続きです。ダルベルギア オリベリDalbergia oliveriマメ科ツルサイカチ属。神樹の果実と同じ形状をしています。果実は、種子が大きさ2cm、翼を入れると9cm程度。この植物は、東南アジアに原生し、シタン(紫檀)の仲間です。
ダルベルギア オリベリの果実は大きく、乾燥しても1g程度の重さがあるので、風に吹かれての旅は、あまり得意のようには思えません。それでも放り投げると、横方向に高速のひねり回転が生じるので、強い風や高い場所であれば、広い範囲に散布されるのだと思います。
ヘンテコな果実が出てきました。飛行機のようであり、ガ(蛾)のようでもあり、空を飛び滑空するようでもあります。しかし、結果は意外でした。手を放すと、種子の重りを中心にクルクルと横方向に回転したのです。飛行するには種子が重すぎました。
先ほどの物体は、日本ではあまりなじみのないモモタマナ属の仲間が付ける果実です。モモタマTerminalia catappa(ターミナリア カタッパ)シクンシ科モモタマナ属。別名をコバノテイシともいい、気温が下がると落葉する高木です。枝の先に葉の付いた跡(葉痕)が確認できると思います。属名のTerminaliaは、頂生を意味していて、この植物の葉が枝の先端に固まって付く様子を表します。種形容語のcatappaは、マレー語由来でした。
モモタマナは、日本の沖縄などに行くとビーチに生えているのをよく見ます。その植物の材は、ポリネシアなどでカヌーの原料に使われ、この実も食用となるようです。このモモタマナは、その有用性によって人によって広がったとされ、実際の原生地は不明です。果実が砂浜に落ちていました。この果実はボートのように水に浮き、海流によって生息域を広げます。
上の写真は、Terminalia calamansanai(ターミナルリア カラマンサナイ)の果実。この果実を付ける植物は、東南アジア、フィリピン、ニューギニアなど広く熱帯域に原生するモモタマナ属です。同じ属でもモモタマナは、海流を使い子どもに旅をさせました。このカラマンサナイは、種子に翼を付けたのでした。植物たちは無心のように見えますが、さまざまな工夫と挑戦で命を次の世代につなげています。
次回は「翼を持った果実[その4] 風に乗る船とパラシュート」です。お楽しみに。