小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
翼を持った果実[その4] 風に乗る船とパラシュート
2024/02/20
植物たちは、このつらい浮世にただ「ボーっと」生きているわけではありませんでした。子孫を拡散させる、アイデアには驚かされます。さまざまな工夫と発明は、生き物の本質に始めから備わっているのかもしれません。
アオギリFirmiana simplex(ファルミアナ シンプレクス)アオイ科アオギリ属は、落葉性の高木。東南アジアから東アジアの暖地に生息していて日本はその分布北限です。その詳細は、2018年10月に公開した『鳳凰(ほうおう)の木 青桐(あおぎり)』に書いてある通りです。今回は、その果実について考察してみることから始まります。
アオギリは、初夏に円錐状(えんすいじょう)の雄花と雌花が混ざった大きな花房を付けます。咲き始めは雄花ばかりですが、開花時期の後半になると雌花も咲いてきます。アオギリのヒロインは遅れて登場するのです。
アオギリの花房を拡大すると、雄花と先が膨らんだ妙な雌花が確認できます。どれが雄花でどれが雌花かわかりますか?
答えは、上の写真の左が雄花で、中央が雌花です。雌花の先端に膨らんだ子房を確認できます。子房はそれぞれ五つの部屋に分かれていました。マルハナバチなどのポリネーター(花粉媒介者)によって、雌しべの柱頭(ちゅうとう)に花粉が付くと受精して、子房の中にある胚珠(はいしゅ)が種子となります。
受精が完了すると、アオギリの子房は五つに分かれ、果実になります。この未熟な袋果(たいか)の中は、茶色の液体で満たされていました。
アオギリの果実は秋に成熟して袋が開きます。緑色の種子は、5mm程度の大きさです。それは、グリーンピースのようで、果実の皮(果皮、かひ)に付着しました。さらに成熟が進み乾燥すると、一つ一つの果皮は、種子を付けたまま、風に飛ばされます。
アオギリの果皮は、種子を乗せる船です。肉質だった果皮は、乾燥し、軽い皮質に変化しました。船の全幅は、7~8cmくらいで、種子の定員は1~4名です。この船は、左上の写真のように、船底を起点として回りながら風に乗ります。アンバランスに配置された種子が重りになり、落下の時にトルクを生む仕組みです。アオギリは、子どもたちを船に乗せ旅をさせるのでした。
その船を上下逆さまにすると、船底が空気の抵抗を受ける形になります。同じアオイ科の植物には、この上下逆転のアイデアから、パラシュートを考案した知恵者がいます。
Pterocymbium tinctorium(プテロシンビウム ティンクトリウム)アオイ科プテロシンビウム属。属名のPterocymbiumは、Ptero(翼)+cymbium(骨膜)の合成語です。種形容語のtinctoriumは、染料に使うという意味です。この実を付ける植物は、東南アジアとインドネシア、ボルネオ、フィリピンなどの熱帯モンスーン林に原生する高木です。この木の樹皮から染料を採るようです。
プテロシンビウム ティンクトリウムは、アオイ科でアオギリによく似た植物です。種子の形状と、果実が五つに分かれ形成されるさまも一緒です。果柄(かへい)には、上の写真のような方向で翼を下にして付きます。そして、種子の成熟と乾燥を経て、散布されます。
この果皮は、膜状で極めて軽く、袋状になった部分が空気だまりになります。すると空気抵抗が生じ、落下速度が遅くなるのです。パラシュートの仕組みは、人間より先に植物が作り出しています。それは、驚くような進化のたまものというしかありません。私は、落下しながら回転する種子をいろいろ試してみましたが、私的にはこれが一番優れものな回転翼ではないかと思います。
アオギリは、子どもたちを船に乗せ、プテロシンビウムは、子どもたちにパラシュートを付けました。
次回は、飛行機を発明した植物が登場します。お楽しみに。