小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ショウジョウバカマ
2024/03/26
春の野山で見る野草にショウジョウバカマという植物があります。それは、海岸林から、亜高山地帯までの各標高域でみられ、東アジアの湿った野山では、見慣れた植物の一つだと思います。今回は、そんなショウジョウバカマの形態と生態をまとめてみました。
いち早く春の訪れを告げる、コブシやモクレンの花たちが咲くのも間もなくです。日本の伊勢湾周辺にしか原生しないシデコブシMagnolia stellata(マグノリア ステラータ)モクレン科モクレン属。私は、3月に原生状況を確認に行きました。驚くことに、この植物の野生種は、どの木も株元に水が流れているか、水に漬かりながら生息しています。
シデコブシの足元には、たくさんのショウジョウバカマが、花を咲かせていたのです。この子たちは、乾燥を嫌い、水が大好きなよう。降水量が豊富な日本の環境に適合した常緑の宿根草です。ショウジョウバカマ属はシュロソウ科に属し、東アジア中北部を中心に4~6種を分布、その内の3種は日本産です。
こちらの生態写真も、小川の縁で撮影したものです。ショウジョウバカマHeloniopsis orientalis(ヘロニオプシス オリエンタリス)シュロソウ科ショウジョウバカマ属。ショウジョウバカマは、日本の九州から北海道、国外では朝鮮半島、サハリンなどに原生しています。属名のHeloniopsisとは、Helonias属(北米産シュロソウ科の植物)+opsis(似る)の合成語です。種形容語のorientalisは、東方に産することを意味しています。
現在、ショウジョウバカマは、ヘロニオプシス属とヘロニアス属、イプシランドラ属の3属を統合して、ヘロニシアス(Helonsias)にまとめる見解が出されています。学者によっては、ショウジョウバカマ属をヘロニシアス属と表記する場合もあると思いますが、この植物記では、2009年度版植物分類表に基づきショウジョウバカマをヘロニオプシス属と表記することにしました。
上の写真は、暖海に生息する二枚貝、ショウジョウガイ(猩猩貝)Spondylus regiusです。これは、和歌山の南部で水揚げされました。ショウジョウバカマは、猩猩(しょうじょう、海や山に住む酒好きの妖精)のはかま(袴)のこと。猩猩は、ジブリのもののけ姫にも登場した伝説の生き物です。オランウータンがモデルらしく、顔が赤いのが特徴とされます。
ショウジョウバカマは、短い根茎を持ち、線形で幅ひろの根出葉※が多数折り重なるように出てロゼットを作ります。春に花茎が10~20cmの高さで葉の中心から立ちあがり、花序を作り花は横向きです。花色は、淡紅色~ピンク色の濃淡が多く、白もあり豊富。和名の「猩猩袴」の由来は、いくつかあるのですが、私は根出葉の赤い様子からの命名だと思うのです。
※根出葉…地上茎の基部につき、根や地下茎から直接出ているように見える葉のこと
少し難しくショウジョウバカマの花を解説します。単子葉植物なので、生殖器官は3数性です。ガクと花弁の区別がなく、花被片と表現します。花被片は、6枚あり、ヘラ状の形で各それぞれ1.5cm程度の長さです。雌しべ1本、雄しべ6本。子房は、花被の内側にあり、3室に分かれる両性花ということになります。
ショウジョウバカマの繁殖は、種子繁殖が主ですが、確実性の高い栄養繁殖もします。上の写真は、古いロゼット状の葉の先端が地上に接触して出た不定芽です。このように自己繁殖し、確実に自分とまったく同じDNAを次世代に残します。
日本産のショウジョウバカマ属には、こんなミニチュアの固有種が見つかっています。コショウジョウバカマHeloniopsis kawanoi(ヘロニオプシス カワノイ)シュロソウ科ショウジョウバカマ属。種形容語のkawanoiは、人名によります。鹿児島県から南西諸島の渓流沿いに生息する希少種です。大きさは5~10cmと、小さなショウジョウバカマ属です。
こちらは、ショウジョウバカマ属で最も大柄の種。オオシロショウジョウバカマHeloniopsis leucantha(ヘロニオプシス レウカンサ)シュロソウ科ショウジョウバカマ属。葉の全幅は25cm程度です。花被片が白く、ややすぼんだ花を咲かせます。コショウジョウバカマ同様の希少種であり、徳之島、沖縄北部、石垣島、西表島の川沿いに生息しています。種形容語のleucanthaとは「白い花を持つ」ことを表しています。
ショウジョウバカマHeloniopsis属には、ヘロニアスHelonias属という近縁種があります。それは東アジアにほど遠い、北アメリカ東部に隔絶分布しています。またしても、東アジアと北米東部に生える植物たちの不思議な縁を紹介しました。
次回は、冬に見られる常緑のヤドリギのお話です。お楽しみに。