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シュロソウ属[前編] バイケイソウ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

シュロソウ属[前編] バイケイソウ

2024/04/23

野山の草を利用することから「野菜」と呼ばれるようになりました。野に出て、摘み草(つみくさ)や山野草を採取することは、原始から人の本能に備わっているのだと思います。自然の恵みを味わうのは楽しいことですが、自然のことわりを知らないと、思わぬ不幸に出会うことにもなりかねません。今回は、シュロソウ属と呼ばれる極めて有毒な植物たちのお話です。それは、日本の野山にも生え、おいしい山草に似ているため、間違って食べると命に関わることがあります。

※摘み草(つみくさ)…春の野に出て、柔らかい若菜や若草を摘むこと

シュロソウ属は、日当たりのよい湿った土壌条件を好み、北半球の温帯から寒冷な山地に50種ほど生息し、日本にもいくつかの種(しゅ)が生息しています。前編では、極めて有毒で、湿地、湿原、小川の畔(あぜ)に生息することが多い、バイケイソウたちの姿と、おいしい山草として知られるオオバギボウシとの比較、そしてバイケイソウの毒について紹介します。

湿地や湿原は、貴重な動植物の宝庫です。木道が整備されていると、手軽に自然観察ができてありがたいものです。そんな湿原の歩道からでも、よく見られるのがシュロソウ属のバイケイソウたちです。

コバイケイソウ

夏の湿原に行くと、上の写真のような植物を見ることがあります。バケイソウの仲間です。この子は、コバイケイソウVeratrum stamineum(ウェラトルム スタミネウム)シュロソウ科シュロソウ属です。和名では梅蕙草と書きます。花が「白い梅」に似ていること葉が「蕙蘭(けいらん、シランの古い名前」に似ているゆえだと説明されます。属名のVeratrumとは、vere(真に)+ater(黒い)の合成語です。それは黒い根茎を意味します。

コバイケイソウは、本州の中部以北から北海道に生息し、亜高山帯の湿原に群生することが多い宿根草です。1.5m程度に育つ大柄なバイケイソウに比べ、少し小柄ですが、1m程度には育つのでよく目立つ植物の一つでもあります。初夏から夏に複数の総状と呼ばれる花序を付け、白い花を咲かせます。

種形容語のstamineumとは、顕著な雄しべを持つという意味です。雄しべが花被片より長いのでよく目立ちます。花の構造は、直径約8mmの白い花被片が6枚、雌しべ1本で、子房は3室です。

ミカワバイケイソウ

寒冷な気候を好み、本州の中部以北から北海道に分布するコバイケイソウに対し、愛知、長野、岐阜、静岡の低湿地に原生する希少種があります。上の写真は、ミカワバイケイソウVeratrum stamineum var. micranthum(ウェラトルム スタミネウム バラエティ ミクランサス)。変種名のmicranthumとはmicr(小さい)+antho(花)の合成語です。温暖化に伴い、北に分布を後退させたコバイケイソウたちですが、一部暖地の湿地に取り残された残存種が、ミカワバイケイソウだと考えられます。

そんな生態と形態を持つバイケイソウの仲間ですが、春の芽生えの時期はこんな様子です。それは、葉柄がなく、太く大きな平行脈を持つみずみずしい若葉です。この出たばかりのバイケイソウ類の若葉は、山草のオオバギボウシの若葉に大変よく似ているのです。

オオバギボウシ

オオバギボウシHosta siboldiana(ホスタ シーボルディアナ)キジカクシ科ギボウシ属。ギボウシ属は、種形容語のsiboldianaが示すように、シーボルトによってヨーロッパに導入されました。世界の園芸では耐寒性、耐陰性観葉の園芸植物として利用される反面、日本においては、山菜の「ウルイ」としても利用されています。特に東北などでは、有名な山菜として若葉を盛んに利用するのですが、バイケイソウ類の若葉をオオバギボウシと間違って単体または一緒に採取して、しばしば中毒事件が起きています。

左上の写真がコバイケイソウの若芽、右上の写真がオオバギボウシの若芽です。皆さんは、区別がつきますでしょうか?なかなか難しいと思います。バイケイソウは厚生労働省の自然毒プロファイルによると、プロトベラトリン、ジェルビン、シクロパミンなどの猛毒アルカロイドを持ち、ゆでる、炒めるなどの熱を加えても分解しないとのことです。そして、多くの中毒症例があり、中には命を落とした方もいます。

コバイケイソウの若葉

さらに、バイケイソウに含まれるシクロパミンcyclopamineという猛毒アルカロイドを調べてびっくりしました!それは、催奇性を持ち、致死的な出生異常を引き起こす場合があるらしいのです。恐ろしいことに、その毒に体内に入った場合、食べた哺乳動物だけでなく、その次世代にも影響するらしいのです。例として北米に産するVeratrum californicum(ウェラトルム カリフォルニカム)シュロソウ科シュロソウ属を食べた親羊からは、単眼症の子羊が生まれたとの報告があります。

よく分からない植物や有毒植物は、触れずに観賞しましょう。万が一、触れてしまった場合は、せっけんなどを使ってよく洗ってください

植物は大きな恵みを与えてくれますが、大きなリスクもそこにはあります。植物のことをよく知って、その危険性を回避する術を身に付けなければなりません。シュロソウ科の植物記は[後編]に続きます。お楽しみに。

JADMA

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