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シュロソウ属[後編] シュロソウとその周辺

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

シュロソウ属[後編] シュロソウとその周辺

2024/05/07

ヘラクレスの末裔(まつえい)とされ、アリストテレスに薫陶(くんとう)を受けた、アレクサンドロス3世(紀元前356~紀元前323)は、20歳の時にマケドニアの王位を継承しました。そして、全ギリシャ、エジプト、ペルシャ、北インドなどに及ぶ広大な大帝国を打ち立て、ヘレニズム文化圏を作り上げたことは、世界史で私たちが学ぶところでもあります。

この歴史上、最も成功した軍事の天才は、32歳で夭折(ようせつ、若くして死去すること)するのですが、その死因について、いまだに歴史学者たちによって論議されています。

その一つが毒殺説です。アレクサンドロス3世は、ワインを飲んだ後で体調を崩したとされています。そのワインには、欧州から西アジアに原生するバイケイソウ類のVeratrum album(ウェラトルム アルブム)シュロソウ科シュロソウ属の毒が入っていたというのです。彼の様子は、バイケイソウによる毒素によって起こる症状と符合しました。あの時代、あの地域で手に入る自然毒から類推される結果が、その論説の根拠になっています。

洋の東西を問わず、湿った山地に原生するバイケイソウ類の猛毒は、紀元前から、多くの人々に知られていました。日本では、オオバギボウシと間違われるのですが、ヨーロッパでは、薬草であるリンドウ属、ゲンチアナ ルテアなどと混同されることが多いそうです。なるほど、確かに二つの植物は、よく似ていて花が咲いていないと見極められないように感じました。

さて、シュロソウ属の和名由来です。同じ単子葉植物に、シュロ(棕梠)というヤシ科の樹木があります。シュロソウの葉が、そのシュロの若苗と形状が似ていること。そして、茎の下部が枯れて、シュロが持つ糸状皮の形状に似ることが理由のようです。

シュロソウ

これが、シュロソウ属の基準種である、シュロソウVeratrum maackiiウェラトルム マーキィ)シュロソウ科シュロソウ属です。シュロソウの花は、特徴的な色合いをしています。花は小さく、1cm以下ですが、花被を形作るパーツは、シュロソウ科のそれです。この植物の花色が、黒に近い紫に褐色を混ぜた独特な色合いなので、シュロソウの特定は容易です。

シュロソウ種形容語のmaackiiとは、19世紀にロシアのアムールやウスリー川流域を探検して、その地域の実情や植物を研究したエストニア出身の植物学者、Richard Otto Maak(リヒャルト・オットー・マーク、18251886年)に献名されたことにちなみます。この植物は、日本の九州から北海道南部の湿った山林では、よく見かける宿根草です。

アオヤギソウ

このシュロソウには、色違いの変種があります。アオヤギソウ(青柳草)Veratrum maackii var. parviflorum(ウェラトルム マーキィ バラエティー パルビフロラム)変種名のparviflorumは、花が小さいことを表しますが、シュロソウとさほど変わらないと思います。シュロソウのバラエティー(分類上の変種)なのに、アオヤギソウという、縁の遠い和名が付いているので困惑してしまいます。この植物は、本州中部から北海道、朝鮮半島の湿った林に原生しています。

次に、シュロソウ科の稀少種の登場です。シライトソウChionographis japonica(キオノグラフィス ジャポニカ)シュロソウ科シライトソウ属。シライトソウは、東アジアの湿った温帯林に生息していて、葉の様子がショウジョウバカマに似ている常緑の宿根草です。日本と朝鮮半島、中国に数種が原生し、日本には3種が生えているので、分布の中心地とえます。元々、生息数が少ないので見かけることはまれです。

シライトソウ、何という風情でしょうか。森の中で妖精に出会ったような感覚を覚えました。属名のChionographisとはChino雪のgraphis(筆)の合成語です。このシライトソウ属に、「雪の筆」という学名を付けたのは、カール・ペーテル・ツンベルク(17431828)です。種形容語のjaponicaは、日本産を意味しますが、日本以外に朝鮮半島にも生えています。

シライトソウは、根出葉から10cm程度の穂状花序を立ち上げて、白いブラシのような花被を横向きに付けます。シュロソウ科なので、雄しべ6本、雌しべ1本です。花被片は、6枚ですが、下方の花被片2~3枚がごく短く、上方の花被片3~4枚が長く細いヘラ状です。この上方の細長い花被片だけが目立ち、横に広がります。

シライトソウの花期は、例年5~6月。絶滅危惧種にランクされ、自然度の高い森の奥でしか見られないので、この植物を発見できたら幸運だと思います。この植物の毒性についての言及は見当たりませんが、シュロソウ科の植物ですので、きっと毒を秘めているのでしょう。

次は、シュロソウ科の中でも、ちょっと変わり者の種属です。ツクバネソウParis tetraphylla(パリス テトラフィラ)シュロソウ科ツクバネソウ属。ツクバネソウ属は、少数の輪生する大きな葉を付けます。花被は、シュロソウに特徴的な3数性ではく、4数性を示す多年草です。東アジアを分布の中心として20種以上、日本に3種が原生しています。種形容語のtetraphyllaは、四つの葉を意味しています。茎の頂部に、黄緑色の花を上向きに一つ付け、4枚の葉を持ちます。日本と朝鮮半島の湿ったやや暗い林内などを生息環境にしています。

最後に、ヒマラヤのふもとから中国チベット自治区などの辺境に生えるツクバネソウ属を紹介します。この植物は、雲南省、玉龍雪山(ぎょくりゅうせつざん)のふもと、標高3000mの湿った斜面、サクラソウの後ろに広がる灌木(かんぼく)林の中に生息していました。

※灌木(かんぼく)…3m程度の高さに育つ低木のこと

パリス ポリフィラ

パリス ポリフィラ バラエティー チベチカParis polyphylla ver. thibetica シュロソウ科ツクバネソウ属。パリス ポリフィラは、中医薬利用の採取によって生息数を減らしているといいます。「毒も薬もさじ加減」なのかもしれませんが、シュロソウ科は、極めて有毒なアルカロイドを含むと考えましょう。植物が作りだす毒素は、昆虫や草食動物の食害に対する防御のためや、菌類に対する耐病性適応の結果なのだと思います。

毒を持つ植物たちは意外に多く、しっかりした知識を持つことが重要です。花をめでるのには問題はありませんが、それらの植物を食用などと区別して、くれぐれも間違えが起きないようにしなければなりません。

※よくわからない植物や有毒植物は、触れずに観賞しましょう。万が一、触れてしまった場合は、せっけんなどを使ってよく洗ってください。

今回は、毒を持つ植物のお話でした。次は、生薬になる「マオウ属」のお話です。お楽しみに。

JADMA

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