小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
マオウとモクマオウ[前編] マオウ属
2024/05/14
植物たちは、草食動物や虫などの食害から逃げられません。自分を守る手段とし、体内で毒物を合成して、それらの食害から身を守っているのだと思います。人間は、そうした植物が合成するさまざまな「毒素」を「薬」として利用することを学習してきたのでした。今回は「麻黄(まおう)」という、生薬になる裸子植物「マオウ属」についての植物記です。
生薬とは主に植物の根、茎、葉などの中で薬効があるとされる一部分を加工したものです。日本では、その生薬を用いる医療を漢方といいます。マオウは、アルカリ性の有機化合物であるエフェドリンアルカロイドを全草に含んでいて、漢方における生薬の一つになっています。私は、風邪のひき始めには「葛根湯」のお世話になるのですが、その成分の一つがマオウの生薬です。
マオウ属(Ephedra)属は、オーストラリアを除き、ユーラシア、北アフリカ、南北アメリカ大陸の乾燥地帯に生育している植物、トクサのような外観をしています。裸子植物にして導管を持つ特異な植物群で、マオウ属だけでマオウ科を構成します。
マオウは、日当たりがよく降水量の少ない地域に育ち、葉は退化して緑の筒状茎で光合成をします。草のような外観ですが、根元の茎は木質で低木に分類されています。1億2500万年前の白亜紀前期に地層から化石が見つかり、当時から姿を変えない、起源が古い植物。種属は50種とも70種以上とも言われています。
中国内モンゴル自治区の陰山山脈です。この山脈から北には草原が広がり、その先はゴビ砂漠に至ります。ここには、農耕ができる降水量がなく、人々は遊牧生活をして暮らしていました。
標高2000mほどの山斜面、乾燥してカラカラの山肌でしたが、平地に比べ降雨があるのでわずかな低木もあり、野生のマオウ属が生えていました。
Ephedra sp.マオウ属。種(しゅ)の特定に自信がないので、sp.(マオウ属の一種)とします。生育条件が厳しい乾燥地、岩肌にへばり付くように生育していました。
マオウ属は、基本的に雌雄異株です。それぞれの開花は5~6月、雄株は、茎の先に球状の黄色い雄花を付け、雌株は、茎の先に雌花を単性(たんせい)し、開花後に赤い液果(えきか)となります。この果実の中に種子があります。果実は、植物にとって種子の散布手段ですから、きっとこれを食べる動物がいるのだと思います。わざと目立つような赤い実です。
マオウの上部構造は、筒状の茎で構成されます。地下茎が横にはって広がります。葉は退化して、ないものだと思っていたのですが、よく見ると節元に葉の痕跡を発見しました。これは、若い茎にしか見られなかったので、時間がたつと脱落するようです。
マオウ属のいくつかの種を紹介します。シナマオウEphedra sinica(エフェドラ シニカ)マオウ科マオウ属。種形容語のsinicaは、sinensisと同じ意味で、中国を表します。中国東北部、モンゴルなどの山地原野に分布していて、中医薬や漢方の麻黄は、この種が主な原料です。
フタマタマオウEphedra distachya(エフェドラ ディスチア)マオウ科マオウ属。この植物は、南ヨーロッパから、中東、中央アジアなどの乾燥地を中心にして、中国東北部にも生息しています。属名のEphedraとは、古代ローマの博物学者Gaius Plinius Secundus(ガイウス・プリニウス・セクンドゥス、23~79)が「ツクシ」に付けた名前を語源としたされています。確かにスギナの茎にマオウ属はよく似ています。
フタマタマオウの種形容語distachyaは、二つの穂状花序(ほじょうかじょ)を意味しています。花序は確認できませんでしたが、茎が二つから複数に分枝していて、シナマオウと確かに区別ができます。こちらも生薬の「麻黄」の原料らしいです。
エフォドラ インターメディアEphedra intermediaマオウ科マオウ属。種形容語のintermediaとは、intermedius(中間、中ぐらい)を意味しています。私の知っているマオウ属としてはやや大型で、中央アジア、イラン、アフガニスタン、チベット、モンゴルなどのアルカリ性の砂漠や崖、砂浜などに生息しています。それは、高さ1mほどの低木です。
マオウ属は、世界の乾燥地帯に生育し、筒状の茎で光合成をするトクサのような裸子植物でした。そして、全草には最大で3%程度のエフェドリンアルカロイドをため込んでいます。エフェドリンには、熱発生の特性があり、伝統医療では、風邪など疾患に生薬として利用されたり、代謝の増強による運度能力向上があるために、ドーピングとして利用されてきたのです。現在、オリンピック委員会では、エフェドリンは禁止薬物に指定され、アメリカ食品医薬品局Food and Drug Administration(FDA)でも、使用するリスクが高いため、エフェドリンを含む栄養補助食品の販売を禁止する処置が取られるなど、国によってエフェドリンに対する対応は異なっています。
マオウとモクマオウの話は[中編]と[後編]に続きます。次回は、モクマオウ科のお話です。お楽しみに。