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アリストロキア属[前編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

アリストロキア属[前編]

2024/06/04

アリストロキア属は、オーストラリアを除く世界の熱帯亜熱帯域を中心に500種以上の種属を分布させて、温帯域の東アジアにもいくつか生息しています。それらはとってもおかしく、奇っ怪な花を付けるので、好事家(こうずか、物好き)の私には、好物の一群です。特に、中南米に産するこの属の珍奇な姿は、あり得ないほど不思議です。前・後編でお楽しみください。

アリストロキア属を含むウマノスズクサ科は、世界に6属とされ、日本には、ウマノスズクサ属とカンアオイ属の2属が生息しています。今回は、前者のウマノスズクサAristolochia)の植物記です。それは、つる性もしくは低木で雄しべは6本、花びらはなく、がくが筒状につながり、管状になる花被(かひ)を付けます。

さて、不思議なアリストロキアの世界にご案内です。まず始めは、東アジアに住まう種属からです。

ウマノスズクサ

ウマノスズクサAristolochia debilis(アリストロキア デビリス)ウマノスズクサ科ウマノスズクサ属。この植物は、私が根挿しして育てて、2年目の夏に開花させました。種形容語のdebilisとは「きゃしゃな」「ささいな」という意味です。育てたウマノスズクサの花は、この属としては、花は小さめで控えめな方です。

ウマノスズクサ属の学名Aristolochiaに関する言及です。ヨーロッパに産するウマノスズクサ属の一つは、birthwort(バースワート)とも呼ばれました。それは、安産に薬効があると信じられてきたからです。属名のAristolochiaaristos(最善locheia(出産)の合成語で出産にちなんで命名されています。洋の東西を問わず、ウマノスズクサは、伝統医学において重要な薬草になってきました。ところがです。ウマノスズクサ由来の薬を利用した患者の多くから、末期腎疾患症例がたくさん報告されました。ウマノスズクサに含まれるアリストロキア酸は、疫学研究や実験によって危険な腎臓毒素であると分かりました。そして発がん物質としても認識されるようになりました。

そんな危険なアリストロキア酸を含む生薬が、安産の薬に使われてきたというのですから、ただ事ではありません。この東アジアに産するウマノスズクサもまた、根茎や果実を生薬にされてきたのでした。しかし、その成分の正体が分かった今では、薬用として使用されません。現代に生まれてよかったです。和名のウマノスズクサの由来は、下垂する果実が馬に付ける鈴に似ているためとされています。

ウマノスズクサは、草本性のつる性多年草です。周りの植物に絡みついて春から夏に旺盛に生育します。私が育てた株は、2m以上に育ち、各葉腋(ようえき)に多数の花を咲かせました。そして、冬に地上部を枯らして、春に芽を出します。葉は皮質で鋸歯(きょし)はありません。この葉の形をどのように表現するのか分かりませんが、一度見れば忘れません。ハートのマークを細長く伸ばしたような葉なので、花が咲いていなくても、葉だけでそれと分かります。

※鋸歯(きょし)…植物の葉の縁にある、ぎざぎざの切れ込み

ウマノスズクサは、日当たりのよい開けた場所に生えていました。生育する気候帯は、照葉樹林帯に符合しています。中国の中南部から、九州、四国、本州東北南部、里周辺、川辺の土手など、日当たりのよい場所に生えます。日当たりのよくない場所で育てたことがありますが、花は咲きませんでした。

オオバウマノスズクサ

一方で、オオバウマノスズクサは、低山の林などに生息しています。オオバウマノスズクサAristolochia kaempferi(アリストロキア ケンフェリー)ウマノスズクサ科ウマノスズクサ属。種形容語のkaempferiとは、シーボルトをさかのぼること140年前、日本を訪れた博物学者で、オランダ商館に医師として滞在した、Engelbert Kämpfer(エンゲルベルト・ケンペル、16511716)に献名されています。

それにしても、オオバウマノスズクサの珍妙な花には、笑ってしまいます。オオバウマノスズクサは、名前の通りに葉が大きく手のひらほど。里の近くに産するウマノスズクサに対し、それは、低山の山林に生息しています。地上部が枯れる草本性ではなく、つるが太く、木化する落葉木本です。この植物たちの花粉を媒介する昆虫は、ハエの仲間とされています。ウマノスズクサたちの花は、それら昆虫の嗜好(しこう)や性質に合わせて進化してできた構造なのだと思います。

オオバウマノスズクサやウマノスズクサなどを、利用する昆虫がいます。それが、ジャコウアゲハです。このチョウは、わずかに羽ばたくと、空気流に翼を乗せて滑空する姿が「格好よい」ので、人気があります。その愛好家は、このチョウの幼虫の餌にウマノスズクサ類を食べさせます。猛毒を持つアリストロキアですが、ジャコウアゲハの幼虫は葉を食べ、自らを毒虫にして生き残りを図ります。

さてお待ちかねの、珍妙な花の登場です。これ、何でしょうか?映画「スター・ウォーズ」に登場する悪役の顔に似ています。あのキャラクターは、この花からインスパイアされたのでしょうか?これは、中南米に産するアリストロキア属の花です。

アリストロキア サルバドレンシス

この植物はAristolochia salvadorensisアリストロキア サルバドレンシス)ウマノスズクサ科ウマノスズクサ属。樹木性のウマノスズクサ属です。メキシコ南西部の州からグアテマラ、エルサルバドルなどの熱帯雨林に生息しています。葉は楕円(だえん)形で、先が尖(とが)った常緑です。幹元から花茎を長く伸ばし、その先端に花を咲かせます。

アリストロキア サルバドレンシスの種形容語のsalvadorensisは、主な原生地であるEl Salvador(エルサルバドル)の国名を表します。中央アメリカの熱帯には、こんな不思議なアリストロキアが生息していたのでした。

次回は、アリストロキア[後編]です。お楽しみに。

JADMA

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