小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ノボタン科[前編] ノボタン属
2024/06/25
地球は、自転しながら太陽の周りを公転しています。球体である地球は、赤道の部分が一番太陽に近く、熱エネルギーを多く受け取る場所です。ところが、公転軸が傾いているために、見かけと実際の赤道が異なるのです。太陽が真上に来る地点は、夏至の日は北緯23.4度、冬至の日は南緯23.4度です。それぞれの緯度を、日本ではそれぞれ北回帰線、南回帰線といい、英語でtropicといいます。
南北の回帰線に挟まれた地域が「tropical zone」、つまり熱帯です。回帰線から南北の緯度30度付近までは、熱を多く受け温暖なので亜熱帯といいます。この二つの気候は、地球的凍結の影響が少ない環境でした。このことから、過去に進化した古い生物が生き残ってきた可能性が高く、「生物の逃げ場所」だったのだと思います。驚くべき生物多様性を持つ熱帯・亜熱帯には、いまだ見たことも聞いたこともない植物たちがあふれています。
熱帯亜熱帯を中心として生息している植物群に、ノボタン科の植物があります。それは、170属以上、4000種とも5000種以上ともいわれる膨大なバリエーションを持つ大群です。私は、そのほとんどを知りませんが、この科のいくつかが東アジアに生息して、日本にも北限分布しています。今回は、私が出会ったノボタン科についての植物記です。
上の写真は、北緯23度、中国南部のミャンマーとの国境地帯、北回帰線の線上に位置する地域です。昆明植物園の先生と一緒に絶滅危惧種の真っ青な希少サルスベリを探して、この地域を何日かさまよいました。
先生は、瀾滄江(Láncāng Jiāng らんそうこう)の川辺でそのサルスベリを発見したと言います。ところが、川岸は護岸工事され、その環境は、改変されて見る影もないと嘆いていました。この瀾滄江は、国際河川です。下流域では、メコン川と名前を変えて、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムなどを流れます。
辺りの山地は、人の開発によって山頂まで畑になっていました。こんな状況の山々が行けども、行けども続いていることに悲しくなりました。この地域に生息していた真っ青な希少サルスベリは、結局見つかることはなかったのです。おそらく、その種(しゅ)は絶滅してしまったのではないか、そんな暗い悲しい気持ちになりました。
それでも、原生林を切り開いてから、自然に森が再生されることがあります。それは二次林といわれ、よく日の当たる疎林(そりん)となります。そうした林には、原生林と違い、林縁などの開けた地面を好む植物が生えます。そんな、熱帯二次林に多く見られる植物の一つがノボタン科の植物です。
※疎林(そりん)…木々がまばらに生え、密生していない林のこと
ノボタンMelastoma candidum(メラストマ カンディダム)ノボタン科ノボタン属。それは、インドシナ半島、中国南部、フィリピンなど、熱帯域アジアの自然かく乱のあった場所や林縁、道端に産する常緑の低木です。資料には、日本の奄美諸島以南の南西諸島にも分布しているとされていますが、私は確認していません。地歴的に大陸とつながったことのある地域ですから、生息していても何ら不思議はありません。
さて、ノボタンというと、秋に咲く紫色の花を思い浮かべる人も多いでしょう。通称名による誤認は、混乱してしまいます。紫色の花は、シコンノボタン(紫紺野牡丹)というノボタン科ティボウキナ属、同科別属種でノボタンとは異なる植物です。ノボタンは、上の写真のようなローズからピンクの5枚花弁を持ち、枝先に花径5cmぐらいの花を付け、樹高が2メートル前後になる低木です。
ノボタンの属名のMelastomaとは、ギリシャ語のmele(黒い)+stoma(口)の合成語です。メラストマとは、この果実を食べると、口の中が黒く染まることに由来します。種形容語のcandidumとは、白い毛を意味しています。それは、ノボタンの葉表面に白い毛が生えていることによります。
ノボタンのことを、英語ではAsian melastomeといいます。和名でノボタンという花は、東アジアと熱帯アジアの植物でした。よく見ると、なかなかすてきな花を付けます。この植物、原生林みたいな暗い環境には生育しません。自然かく乱が起き、日が当たるようになった場所を好み、河川の縁や二次林、道端に生育します。土が湿っていることが条件ですが、ある意味、雑草的な植物です。一方で、ノボタン科には自然度が高い場所にしかない種もあります。
次回、ノボタン科[中編]では、日本の自然林にしか見られない希少なノボタン科の植物が登場します。お楽しみに。