小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ノボタン[後編] シコンノボタン属など
2024/07/09
このシリーズでは、ノボタン科の中からノボタン属、ハシカンボク属、ヒメノボタン属について話しました。それは、東アジアや日本に生息しているノボタン科植物です。後編では、日本に分布がない、南アジアのノボタンをはじめ、世界のノボタン科などについても触れておきます。
ブータンノボタンOsbeckia nepalensis(オスベキア ネパレンシス)ノボタン科ヒメノボタン属。種形容語のnepalensisは、ネパールに産することを表しますが、アジアにおける分布は広く、ネパールのほか、東南アジア、インド、ブータンなどにも生息します。これら生息地域では、このノボタンを伝統医療に使用するとのことです。この植物は、湿った熱帯亜熱帯林の林縁や二次林、小川の縁などに生息しています。
日本に生息するのはヒメノボタンで、4枚花弁で丸弁です。ブータンノボタンは、同じヒメノボタン属でも印象が違います。花弁の先はやや尖(とが)り、花色はラベンダー色に近い淡いピンク、花弁は5枚、雌しべ1本、雄しべ10本、葯(やく)は黄色です。しべの配置が対称ではなく偏るのは、訪花昆虫対策のためと考えられます。
ノボタンというと、多くの方が思い浮かべるのが上の写真の花だと思います。これは、ノボタンではなく、シコンノボタンTibouchina urvilleana(ティボウキナ ウルビレアナ)ノボタン科シコンノボタン属です。属名のTibouchinaとは、南米ギアナ先住民の名前から命名されました。シコンノボタン属は、アメリカ大陸の熱帯域に200種以上が分布しており、研究の結果、いくつかの属に分割されたといいます。新しい植物分類に敏感な海外の資料では、シコンノボタンは、Pleroma urvilleanum(プレロマ ウルビレアナム)とされています。種形容語のurvilleanaとは、フランスの探検家Jules Sébastien César Dumont d‘Urville(ジュール・セバスチャン・セザール・デュモン・デュルヴィル、1790~1842)に献名されたことによります。
アジアのノボタン、アメリカのシコンノボタンの生育環境はよく似ています。シコンノボタンは、アンデス山脈の低斜面に生える傾向があるとされます。暗い林床には生えず、明る過ぎる場所では乾燥して生育が難しく、湿った林縁や斜面などの疎林、明るい道端に生育します。両種の花色と雄しべの葯の色の違いにも注目してください。シコンノボタンの紫色の雄しべは、クモの足に似ています。両方とも熱帯亜熱帯域に原生するのですが、ある程度の耐寒性を持ち、落葉するものの関東で露地栽培も可能です。
こちらは人気の園芸種、Tibouchina(Pleroma) urvilleana‘Cote d’Azur’(コートダジュール)。シコンノボタンの園芸種とされます。このシコンノボタンの仲間を栽培すると、鉢皿に水をためておくほど水を好み、土が乾くことを嫌います。私も水やりに苦労しました。
オオバノボタンTibouchina grandifolia(ティボウキナ グランディフォリア)ノボタン科シコンノボタン属。仏(ふつ)領ギアナ、ボリビア、ブラジルなど熱帯アメリカに生息しています。この種(しゅ)には、ホザキノボタン(穂咲野牡丹)という名前もあります。両方の名前は、名は体を表していてどちらでもよい気がします。
オオバノボタンの大きな特徴の一つは、白い毛が密生してフェルトのような質感を持つこの葉です。種形容語のgrandifoliaは、「大きな葉」を意味しています。この植物も近年に分類が変わったようで、Pleroma heteromallum(プレロマ ヘテロマラム)とされている場合もあります。
とある、一度も大陸とつながったことのない太平洋の島。森の入り口に、こんな看板がかけられていました。訳すと、「ここは、貴重な自然林です。靴などに付いた外来種の種子を取り除いて、原生林を保護してください」といった内容です。その問題となっている外来種として写真が掲載されていた植物には、東アジアでは見かけないノボタン科の植物が写っていました。
アメリカクサノボタンMiconia crenata(ミコニア クレナータ)ノボタン科ミコニア属。Clidemia hirtaという学名で表記されていることもあると思います。この植物も学名の変更がされたようです。属名のMiconiaは、スペインの植物学者Francesc Micó(フランセスク・ミコ、1528~1592?)にちなんでいます。種形容語のcrenataとは、「葉に鈍い鋸歯(きょし)がある」という意味です。アメリカクサノボタンは、アメリカ大陸のメキシコからパラグアイまでの熱帯域の二次林や林道などに生息しています。
アメリカクサノボタンは、密に枝分かれした低木です。枝の先端に淡いピンク色の5弁花を咲かせ、丸い果実をたくさん付けます。それには100以上の小さな種子が含まれていて、実生での繁殖力が極めて旺盛なのです。そして、人が開発した場所や森林伐採地など、日当たりがよい場所で急速に繁茂してしまうそうです。そのため、自然な植生を改変するとして、世界中の熱帯域において、迷惑な外来種になっています。
アメリカクサノボタンには、こんな逸話があります。この植物の別名をKoster’s curse(コースターの呪い)というそうです。アメリカクサノボタンは、1800年代後半にフィジーのコーヒー農園主によって島に導入されました。その結果、この植物ははびこり、恐ろしく迷惑な雑草になったそうです。それ以来、この植物が生い茂ることが「呪い」と思われたらしいのです。
数あるノボタン科で、着生(ちゃくせい)植物になる種属があります。オオバヤドリノボタンMedinilla magnifica(メディニラ マグニフィカ)ノボタン科メディニラ属。フィリピンのジャングル木に着生、下垂する性質です。2m前後まで成長して艶々の大きな葉を持ちます。花穂(かすい)は50cmほど伸び、花以外の苞(ほう)もピンクに染まるエキゾチックな植物です。属名のMedinillaは、モーリシャス島(マダガスカルの東にある島)の知事だったJose de Medinilla(ホセ・デ・メディニリャまたはメディニラ)に献名されました。形容語のmagnificaとは、「壮大」「際だった」という意味があります。
着生(ちゃくせい)植物…他の植物の幹や枝、岩の表面などに根を張る植物のこと
メディニラ属は、マダガスカルから太平洋の島々に400種程度の種属を分布させるというのですから、熱帯域のノボタン科の多様性は驚くばかりです。メディニラ属がノボタン科らしくないと思った方へ、上の写真で花のアップを比較してみてください。両方の花や果実の形状は、確かに一致します。
上の写真の植物も太平洋の島で見かけたノボタン科の植物です。果実のつき方でノボタン科の植物だということは分かりましたが、私の知識ではこれが何属か分かりません。冒頭で述べた通りノボタン科は、熱帯亜熱帯地域に少なくみても100属4000種以上の大家族です。ノボタン科の植物は、東アジアに住まう私にとって、その多くは未知の植物群というほかありませんでした。
次回は、「トチナイソウ属[前編] 景天点地梅」です。お楽しみに。