タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

トチノキ属[前編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

トチノキ属[前編]

2024/08/06

夏、日光に向かって高速道路を走っていると、道すがらトチノキがあちらこちらに花を咲かせているのが、よく見えました。なるほど、ここが栃木県と言われる由縁なのでしょう。トチノキは、手のひらのように広がった大きな葉を付け、クリ(栗)のような木の実を付ける、よく知られている樹木の一つです。そんなトチノキたちの横顔をのぞいてみましょう。

日本産のトチノキは、日本の森林や山地に固有のトチノキ属です。北海道から九州まで分布していますが、東日本に多く、特に東北が分布の中心です。湿度を好み、沢筋がお気に入りです。森の中でもトチノキは、存在感がありよく目立ちます。

トチノキ

トチノキAesculus turbinata(アエスクルス ツルビナタ)ムクロジ科トチノキ属。属名のAesculusとは、ラテン語の「esca=食物」が語源とされます。それは、トチノキが付ける「トチの実」が人間の食料として利用されてきた歴史を物語ります。種形容語のturbinata とは、花序の形である円すい形を意味しています。

トチノキは、立派な体つきをしていて高さ30m、幹の直径が2m程度になる高木です。樹皮は灰褐色、縦に裂け目があります。材は、立派な高級木材となるのですが、資源量が少ないので、利用は限定的です。

トチノキは、この属の中で特別に大きな葉を付けます。手のひら状に広がった7枚の小葉(こば)があり、全体で50~60cmの幅に展開します。とても大きな複葉なのです。この様子から中国では、トチノキの仲間を七叶樹(七葉樹 しちようじゅ)属といいます。「叶」は中国で「葉」を意味する簡略体漢字です。

トチノキの花は、休眠から覚めたら100日前後で開花を始めます。目立つ円すい形の穂状花序を付け、長さは25cm前後の大きさです。開花期は短いのですが、鳥や昆虫に好まれ、よい蜜源となります。この花序を、もう少し拡大してみましょう。

遠目で乳白色に見える花序には、赤色と黄色の蜜標(みつひょう)を持つ花があり、それぞれの役割が違うのだと思います。どうやら両性花、雄花、装飾花が花序に混在しているみたいです。

一つ一つの花のパーツはどのようになっているのでしょうか? 4枚の花弁は、基部で筒状になり合着していて、花軸に配置され穂状になっているのです。長い雌しべ1本、雄しべ7本のようです。

漢字で「十」と「千」と書いて、トチと読ませます。それほど、トチノキは秋にたくさんの実を付けます。そのままでは渋くて食べられたものではありませんが、食料の少ない時代からこの果実を私たちのご先祖様は利用してきました。

クリ(栗)のようなトチの実は、丸くつやつやしていてきれいです。もちろん、私の木の実コレクションの一つになっています。採取生活をしていたころのおなかをすかせた人類は、この実を何とかして食べたいと思ったことでしょう。縄文遺跡からも、トチの実を食べた痕跡が見つかっているそうです。

トチノキは、英語でJapanese horsechestnutといい、セイヨウトチノキの学名をAesculus hippocastanumといいます。前者は直訳すると「馬栗」ですが、後者はヒポポタマスの栗、つまり「カバ栗」です。トチノキ属の実を洋の東西でよってたかって「バカクリ」と言ってはかわいそうな気もします。トチノキ属の果実はいかにもおいしそうですが、人体には有害です。さらにこの実に含まれるサポニンは不溶性で、あく抜きと渋抜きがとても複雑です。当時の人類は、この実を食べるために時間と技術を要し、苦労したことでしょう。

※「野菜」として販売しているもの以外の植物は、観賞を目的としているものです。それらの商品は、有毒もしくは健康上、害を及ぼす場合がありますので、取り扱いにご注意の上、絶対に食べないでください。

次回は、トチノキ[後編]です。東アジアのトチノキ属と北アメリカのトチノキなどを観察します。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.