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連載

トチノキ属[後編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

トチノキ属[後編]

2024/08/09

トチノキ属は、温暖な北半球の落葉広葉樹林に生える木で、北アメリカとユーラシア大陸、日本列島に10種以上の生息が確認されています。トチノキ属[後編]は、世界のトチノキ属についてです。トチノキ属は、北アメリカに生息する種属が多く、この地域から世界の北半球に分布を広げたと考えられています。まずは、北アメリカ大陸に生息するトチノキ属から話を始めます。

アエスクルス パルビフロラ

Aesculus parviflora(アエスクルス パルビフロラ)ムクロジ科トチノキ属。日本に生息する30mにもなる高木のトチノキなどがある反面、この種(しゅ)は意外なことに低木で2~4mにしかなりません。花序(かじょ)がひものようで妙ではありますが、小葉(こば)は5~7枚のトチノキ属特有のものです。

アエスクルス パルビフロラの花は小さく、種形容語のparvifloraは「小さな花」を意味しています。この種は、北米南東部の狭い範囲に生育している樹木。18世紀、初めてフロリダの熱帯林を踏破した人間として記述される、博物学者のWilliam Bartram(ウイリアム・バートラム、1739~1823)によって発見され命名されました。

再び、アエスクルス パルビフロラの花穂(かすい)についての言及です。円すい状花序ではなく、円柱状の花序です。長さは30~40cm程度あります。この植物は、全草が猛毒とされていますので口にはされないようくれぐれもご注意ください。

アエスクルス パルビフロラと、やや分布が重なりながら、北米南東部一帯に生えるトチノキ属に、アカバナトチノキAesculus pavia(アエスクルス パビア)という種があります。それは、上の写真よりも赤色が濃く、円柱状に花を咲かせる5m程度の低木です。そこから離れたバルカン半島に生息し、日本のトチノキ同様に大木になる白花のセイヨウトチノキAesculus hippocastanum(アエスクルス ヒポカスタヌム)、またの名をマロニエと呼ばれる植物があります。そのアカバナトチノキとセイヨウトチノキの交配が行われてできた交雑種が次の植物です。

ベニバナトチノキ

ベニバナトチノキAesculus × carnea(アエスクルス×カルネア)ムクロジ科トチノキ属。学名の「×」とは、交雑種ということです。種形容語のcarneaとは、「CARO」=肉を表しベニバナトチノキの花色が肉のように赤いことを表します。この雑種は、花序の形もよく、ピンク色のきれいな花を付け、ほどよい大きさの中木になりました。19世紀に交配によって、園芸目的に作出された庭木なのですが、どこで誰が交配、育種を行ったのかは不明なのです。

トチノキ属の特徴は、小葉が分かれた掌状複葉(しょうじょうふくよう)です。小葉の基本数は、北アメリカ産のアカバナトチノキが5枚、バルカン半島のセイヨウトチノキが7枚。この交雑の結果、ベニバナトチノキの小葉は、5枚になりました。この樹木は、日本でも公園や街路樹などに使われています。もし見かけたら、小葉の数を確認してみると、植物の交雑育種の妙を垣間見ることができると思います。

これが、ベニバナトチノキの花序です。長さは、20cm程度の見事な円すい形をしていて美しい花姿。同様に、樹形も円すい形でほどよい樹高になります。両親のよいところを受け継いだベニバナトチノキは、性質も丈夫で秀逸な鑑賞木になりました。ちなみに、このベニバナトチノキは、通常のトチノキ属の染色数に対し倍数体とされています。

ベニバナトチノキの開花期は5~6月、そして10月にはこのような大きな果実が実ります。表面に小さなとげが生えていて、少しまがまがしさがあってすてきです。果実は三つに裂けるのですが、大きい種子が一つだけできます。英語名は「red horse chestnut(赤い馬栗)」です。

アエスクルス ワンギー

こちらは、中国雲南省(うんなんしょう)で見つけたAesculus wangii(アエスクルス ワンギー)ムクロジ科トチノキ属。中国南部とベトナム北部に生息する巨大な果実を持つトチノキ属です。長い小葉とプラタナスのように樹皮が剝がれる木肌模様が特徴。ジャングルの開発が進んだことで、生息域の減少によって絶滅が心配されている希少種です。

シナトチノキ

こちらも東アジアのトチノキ属です。シナトチノキAesculus chinensis(アエスクルス シネンシス)ムクロジ科トチノキ属。種形容語のchinensisは、中国産という意味で、黄河流域をはじめ、中国北部の広い地域に生息する落葉の高木です。

シナトチノキは、森林や渓谷に原生するのですが、強い環境耐性があり、中国の街路樹などに使われています。5~7枚の小葉に明確な葉柄を持ち、花序は長く35cm程度の長さ、円柱状に花を群生させるところが日本のトチノキとの相違点です。

上の写真は、中国河南省登封市崇山永泰寺にあるシナトチノキの巨木です。推定樹齢2000年、30mを超える大きさです。日本の弥生時代に生を受け、いくつもの王朝の変遷を見つめ、戦乱を経て生き抜いたのでしょう。このトチノキには後光がさしていました。それは見事というほかない代物、花が無数に咲いていたのでした。

次回は、まとまった雨が降るといつの間にか花を咲かせる「レインリリー」の植物記です。お楽しみに。

JADMA

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