小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
マツヨイグサ属[前編]
2024/09/03
前回の「レインリリー」は、南北アメリカ大陸の亜熱帯域に生息していましたが、地球の温暖化や地球規模の人間の活動によって、東アジアにも生息範囲を広げました。もはや、植物のglobalization(グローバリゼーション※)を止めることはできないのかもしれません。今回の植物記も引き続き、南北のアメリカ大陸が起源で、東アジアの日本にもすっかり根付き自生している植物のお話です。
※グローバリゼーション…地球規模化や地球一体化のこと
マツヨイグサ(Oenothera オエノセラ)属は、100種以上の種属が南北アメリカ大陸に生息していて、かつてはその地域以外には生息していませんでした。ところが、人類が大型船や飛行機を発明して海外との交流を盛んに行ったことで、マツヨイグサは人為的にCosmopolitan(コスモポリタン※)植物となったのです。そして、遠く離れた日本の人里付近でもよく見かけるようになりました。
※コスモポリタン…世界に広く分布する動植物種。汎存種(はんぞんしゅ)のこと
マツヨイグサ属の多数は、4枚花弁の黄色い花を付ける一日花です。黄花の他に白やピンクの花を咲かせる種(しゅ)もあるのですが、どの種も雌しべの先端が四つに分かれているのが大きな特徴です。属名のOenotheraは、あのCarl von Linne(カール・フォン・リンネ、1707~1778)の命名なのですが、その語源はつまびらかではありません。
それでは、マツヨイグサ属を巡るレクチャーを始めます。マツヨイグサという名前が、この属の多くの種属を指す総称のように使われますが、この種の固有名詞でもあります。この種などには、ヨイマチグサ(宵待草)という通称名がありますが、情緒的名称、もしくは文学的名称であって植物学的名称ではありません。
マツヨイグサの来歴は古く、江戸時代に園芸用として日本に持ち込まれたとされています。今では、帰化植物として日本に根付いているので、わざわざ花壇に植えなくても見られます。茎が硬くて姿勢がよいので、花壇に植えても見応えがあり、花径4cm程度の花を夕方に咲かせ、次の朝にしぼむ一日花です。月明かりの中で見るこの花はなかなか風流で、ツキミソウ(月見草)とも呼ばれます。
マツヨイグサOenothera stricta(オエノセラ ストリクタ)アカバナ科マツヨイグサ属。マツヨイグサ属の中では、背丈は中形です。葉は互生し、細長く先が尖(とが)る披針形という形です。花がしぼむとオレンジ色になるのもこの種を特定するのに役立ちます。種形容語のstrictaとは、「硬い」「剛直の」「直立した」という意味を持っています。
こちらは、オオマツヨイグサOenothera glazioviana(オエノセラ グラジオビアナ)アカバナ科マツヨイグサ属と呼ばれる植物です。背丈は1.5m程度で大柄、花の大きさも7~8cmになります。植物体の大きさがマツヨイグサと異なるので区別は容易で、見応えのあるマツヨイグサ属です。
オオマツヨイグサは、Oenothera lamarckiana(オエノセラ ラマキアナ)とされたことがありました。私もその学名で覚えていました。それは、北アメリカで新しく発見された集団によって付けられた学名なのですが、すでにブラジルで記載された種と同じ物だったのです。現在、Oenothera lamarckianaという学名は、シノニム(異名)になりました。この植物発祥の地は、南米で、世界各地に波及したのでした。
オオマツヨイグサの種形容語のglaziovianaは、フランス ブルターニュ生まれで、リオデジャネイロに移り住み、ブラジルの広範囲な植物収集をした植物学者のAuguste François Marie Glaziou(オーギュスト・フランソワ・マリー・グラジウ、1833~1906)に献名された名です。ちなみにこの色合いは、英語でprimrose(プリムローズ、淡緑黄色)といいますので覚えておきましょう。
次にオオマツヨイグサの蕾の色にも注目してみましょう。オオマツヨイグサは英語でredsepal evening primrose(レッドセパル イブニング プリムローズ)とも呼ばれます。意味は「赤いがく片のマツヨイグサ」です。花が大きく、がく片の色が赤いのが、この植物の特徴です。この他に、マツヨイグサのしぼんだ花がオレンジ色になることに対し、オオマツヨイグサのしぼんだ花色は、それほどオレンジ色にならないのも特徴にあげられます。
日暮れ(evening)から朝方まで咲く薄黄色のこんな花を、あちらこちらの道端や空き地などの荒れ地で見たことがあると思います。それは、北米東部を故郷にして明治時代に日本に渡来したとされる植物、コマツヨイグサOenothera laciniata(オエノセラ ラシニアータ)アカバナ科マツヨイグサ属です。
コマツヨイグサの種形容語のlaciniataは、細かく分裂したという意味です。それは、この植物の特徴的な葉の形状を表します。花の大きさは2cm程度で、草丈が低く有毛で裂け目のある葉を特徴とします。英語の表現はcutleaf evening primroseです。
コマツヨイグサには、花がしぼむとオレンジ色になるマツヨイグサと同様の特徴があります。
マツヨイグサ属の黄花種は、夕方から咲く種が多く「evening primrose」と表現されます。一方で、昼咲きの黄色マツヨイグサは、「sundrops」といいます。直訳で「お日さまの滴」とは、どんなマツヨイグサなのでしょうか?次回の「マツヨイグサ属[中編]」をお楽しみに。