小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
マツヨイグサ属[中編]
2024/09/10
日本に渡来したマツヨイグサたちは、決まって荒れ地に生えています。森の中や林縁、肥沃な場所などで見ることはないように思います。そこは、もともと生えている植物たちのすみかです。外来種は、そうした植物たちが生えていない場所や道端に住みつき、生息域を広げていきました。マツヨイグサたちは、開発によって荒れた裸の地面を緑で覆う「パイオニア(先駆)植物※」の一つだと思います。
※パイオニア(先駆)植物…植物の生育に厳しい環境にも強く、植物が定着していない裸地に初期段階で侵入する植物のこと
日当たりが良好で、雨が降るところであれば、道端に写真のような植物が生えてきます。工事現場の片隅、土のない高速道路の中央分離帯、コンクリートの継ぎ目や隙間にも生えています。それは、メマツヨイグサOenothera biennis(オエノセラ ビエンニス)アカバナ科マツヨイグサ属。種形容語のbiennisは「二年生の」という意味です。二年生とは、この植物のように暖かい時期に発芽した苗が、冬の間はロゼットになって、越年してから開花する性質のことです。
メマツヨイグサは、夜咲きです。暗くならないと開花しない性質らしく、明るい時間に見るメマツヨイグサの花は、いつもしぼんでいます。18時には、開花していなかったので、22時に出かけ写真を撮影しました。メマツヨイグサの枝を切り、明るい室内で再びの撮影です。柱頭の先が四つに分れるのがマツヨイグサ属の特徴の一つですが、メマツヨイグサは四つに分れているものの、まとまって閉じています。
早朝5時にも起きて観察してみたところ、花はしぼみつつありました。メマツヨイグサの開花時間はとても短いのです。北米のカナダからテキサス州、フロリダ州まで、北アメリカの中央部及び東部に原生していた植物ですが、東アジアにも分布するに至りました。原生地では、メマツヨイグサをcommon evening primrose(コモン イブニング プリムローズ)と呼び、さまざまな目的で利用する文化があるようです。
メマツヨイグサを見分ける特徴がいくつかあります。茎や葉の主脈が赤く染まること。背の高さは1.5mになり、オオマツヨイグサと同じように大柄に育つのですが、花が4cm程度と比較的小さいこと。蕾の色が赤く染まらないことなどが他のマツヨイグサたちとの区別点です。
夜咲きのマツヨイグサたちは、夜間に目立つ黄色い花を付け、香りを放ちます。それによって夜行性昆虫を引き寄せ花粉を媒介させるのですが、自家受粉も旺盛に行うので、種子を多く付けます。メマツヨイグサの種子が、どのくらいの寿命があるか実験をした研究者がいました。その研究は、世代を超えて引き継がれたのですが、その種子は暗い場所で発芽せず、地中で70年以上の時を越えて休眠状態を維持したというのです。この植物は、一度種子を落としたら、しぶとく土中で生き続けるのでした。
マツヨイグサ属の故郷であるアメリカ大陸では、夜に咲くマツヨイグサたちを「evening primrose」と呼び、昼に咲くマツヨイグサたちを「sundrops」と区別しています。「太陽の滴」とは、なかなか風流な呼称ですが、この植物にはぴったりなネーミングだと思います。このマツヨイグサは、とても小さく「Little sundrops」とか「Small sundrops」と呼ばれます。
ヒナマツヨイグサOenothera perennis(オエノセラ ペレンニス)アカバナ科マツヨイグサ属。種形容語のperennisは「宿根草の」という意味です。この植物は、もともとカナダとアメリカ合衆国の東部でネイティブの植物だったのですが、このかわいい風情から園芸用に導入されました。そして、種子を散らし、栽培場所から逃げ出したのではないかといわれています。
ともあれ、外国に原生する植物が、日本でも見られることはうれしいことです。1.5mにも育つオオマツヨイグサやメマツヨイグサに比べると、とても小さい草姿で、草丈は20cm程度に育ちます。この小さなヒナマツヨイグサの花を拡大してみました。花は昼咲きの一日花。直径は、1.5cm程度、先がくぼんだ4枚の花びらに、放射状に広がる静脈があります。
ヒナマツヨイグサは、春から夏の終わりに直立して花茎を伸ばし、先端に花を一つずつ咲かせます。全体に白い毛が生えて、葉は互生皮質で長披針形という形状です。このように端正な草姿なので山草として人気があったのでしょう。原生環境は、崖斜面や砂地の原野、森林の空けた場所に点在して生息しているとのことですが、日本では道端などでも見られます。
マツヨイグサ、オオマツヨイグサ、コマツヨイグサ、メマツヨイグサ、ヒナマツヨイグサと黄色い花を付けるマツヨイグサ属を見てきました。それらをどこで区別するのか分かったと思います。通勤、通学、散策で道を歩けばマツヨイグサたちに出会うはずです。あなたが見かけたマツヨイグサは、どのマツヨイグサでしたか?
次回、後編では黄色以外の花を付けるマツヨイグサ属をご紹介します。お楽しみに。