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ケチョウセンアサガオ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ケチョウセンアサガオ

2024/09/24

マツヨイグサ属に続き、今回も道端に咲いている植物の話題です。チョウセンアサガオという植物をご存じでしょうか?空き地などで夏の夜に咲く、トランペットのような大きな白い花を付ける植物を見たことがあると思います。それは、日本で「曼荼羅華」 (まんだらげ) 、英語では「Devils trumpets」(悪魔のトランペット)や「Mad apple」(狂ったリンゴ)などと呼ばれる花や果実を付ける植物です。

猛暑日、東京の道端でコンクリートの隙間に根を張り、あちらこちらにたくましく生えていました。この植物は明るい時は昼のホタルのように目立たず、人が気にしている様子はありません。このチョウセンアサガオ属の植物は、黄色い蕾が膨らんでいて、この日の夜に花が開きそうな様子でした。

ケチョウセンアサガオ

ケチョウセンアサガオDatura innoxia(ダチュラ イノキシア)ナス科チョウセンアサガオ属。暗くなってから、その植物を再び見に行くと、乳白色の花を咲かせていました。この植物は、薄暮(はくぼ、日没時間の前後1時間)から、翌日の朝方まで開花する夜咲きの一日花です。ゲッカビジン(月下美人)もマツヨイグサも、夜に咲く花は一日花が多いものです。それだけ夏の夜は暗闇で活動する昆虫たちが多いということ、一晩咲くだけで十分なのでしょう。

朝がやってきました。ケチョウセンアサガオは、8時ごろになると開花終了です。この植物は、単純な二股分岐を繰り返して成長する低木状の一年草または、多年草です。背丈は1mを越え大きくなります。茎葉は、灰色がかった色調を持ち、名前の通りに柔らかな毛に覆われているのでフェルトのような感触です。

ケチョウセンアサガオの属名のDaturaは、Carl von Linne(カール・フォン・リンネ、1707~1778)の命名で、ヒンディー語の「とげ(棘)のリンゴ」が由来と説明されています。この植物の原生地には論争があり、インドや南アジアなどの説がありましたが、現代では米国南西部、中南米ということが通説になっています。

ケチョウセンアサガオの花をよく見てみましょう。花は両生花で、その様子はヒルガオ科サツマイモ属のヨルガオに似ています。ヨルガオと同じように合弁部に「曜(よう)」と呼ばれる筋が5本あり、合弁の先端部が尖(とが)ります。名前の由来は、特定の地域を指すのではなく単に渡来したものという意味で、低木状の草姿にアサガオに似た花を咲かせることから、「チョウセンアサガオ」と呼ばれるようになったのでしょう。朝鮮半島に対する地縁もなく、アサガオとの血縁関係もありません。ただ上から見た、花の形状がアサガオに似ているだけです。この花の直径は10~11cmでした。

ケチョウセンアサガオの花を横から見ると、「Devils trumpets」(悪魔のトランペット)といわれる花容です。ろうと状の花は、全長は約19cm。長いがくが合着していて細長い筒状となり、筒状部分の長さは約10cmです。子房はガクの内側基部に隠れ、約16.5cmに伸びる雌しべにつながります。雄しべは、緑色の筒状部まで花被に付着していて5本あり長さ約16cm、わずかに雌しべより短い構造です。

ケチョウセンアサガオの葉は大きく、葉柄を含めると最大で28.5cmでした。この葉は、おかしなことに左右対称とならず、主脈に対してどちらかが短いのです。なぜこの形態を取ったのか理由は不明です。

この葉を手でちぎると、何か毒々しい青臭さがします。葉1枚でも摂取しようものなら、哺乳類には危険なのですが、小さなテントウムシダマシのような虫は葉を食べていました。昆虫類の食性も摩訶(まか)不思議です。

ケチョウセンアサガオの蕾です。何かの野菜に似ていませんか?これを、オクラの実と間違え食したことで中毒事故も起きています。まさかの出来事ですが、思いもしないことをするのが人間です。この植物を、食すと致命的となる危険があるので、くれぐれも口にしないようにご注意ください。

種形容語のinnoxiaとは、「害がなく、悪い影響を及ぼさない」という意味の形容詞ですが、チョウセンアサガオ属の全草は極めて有毒、精神錯乱作用もあります。日本でも古い時代、これらを手術の際に麻酔として慎重に使用された歴史があります。無毒を意味する学名は、イギリスの植物学者が間違って付けてしまったのでした。

ケチョウセンアサガオには、チョウセンアサガオDatura metel(ダチュラ メテル)ナス科チョウセンアサガオ属という近縁の種(しゅ)があります。それは、多様な形態と色彩を持ち一日花でない花被を付け、ほぼ無毛の茎葉であり果実の形状が違うのです。ところが、20世紀になって、遺伝子の解析が行われた結果、その二つの種に違いはなく、チョウセンアサガオは、ケチョウセンアサガオの栽培種であると判断されました。

暗くなってから、花を開くケチョウセンアサガオの花を眺めていました。黄色みがかった蕾が象牙色に変わってゆき、花開く様子は、なかなか風情があって一夜の楽しみになりました。この植物の栽培種であるとされた、チョウセンアサガオは、有毒植物として注意されながらも、花色の豊かさ、八重咲きなどがあることから観賞用に利用されています。

上の写真は、開花から2日目の朝に撮影しました。上向きだった花被は下向きになり、花弁はしおれ脱落していました。筒状のガクはレモンイエローになり、取り除くと子房が膨れて果実ができ始めています。

しばらくすると果実が肥大し、英語で「mad apple」(狂ったリンゴ)と呼ばれている形状になりました。ここから、日を重ねるごとに膨らんでいきます。この奇妙な果実の形は、なかなかおどろおどろしいものです。トゲトゲの果実は軽く、水に浮かぶので、水の力で遠くに運ばれたのでしょう。さらにトゲが動物たちの毛に絡んで生息域を広げるのだと思います。

奇妙な果実は、熟し乾燥すると不規則に裂け、茶色の種子をまき散らします。この種子も有毒で、食すと錯乱性も持つといわれています。そして、この種子にはさらに驚くべき能力があります。それは、土の中でも長年にわたり発芽能力を失わない休眠(dormancy)能力を持っているのです。この種子は、タイムカプセルのように時空を飛び越え、発芽のチャンスを辛抱強く待てるのです。

つまり、ケチョウセンアサガオの種子は「超長命種子」です。なんと40年以上も発芽能力を失わないといわれています。この見た目と毒性、性質は、何か魔界に生える植物のようで、さまざまな誤解がありますが、しっかり理解して注意したい植物の一つです。

こうしてケチョウセンアサガオは、遠い異国からやってきて東アジアの道端や荒れ地に住みつきました。この植物は、多くの植物が生育できないような環境で生きるために、いろいろな技を身に付けていたのでした。

JADMA

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