タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

パンジーの来た道[その2]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

パンジーの来た道[その2]

2024/10/15

Pansy(パンジー)という名前の語源は、古いフランス語の「pensee(考える)」だといわれています。その花は、人がものを考えている姿に似ているので、人面草という和名もあります。愛嬌(あいきょう)があり、思わず見つめてしまうかわいらしさです。おそらく、世界で最も愛されている花だと私は思います。

パンジーを好きなのは、私たち日本人だけではありません。ヨーロッパの人たちこそ、パンジーの生みの親です。上の写真は、オランダの庭で見つけた、パンジーがモチーフの椅子と机です。いかにもハンドメイドで作られた作品らしく、本当にパンジーの花が好きなことが伝わってくる景色です。『パンジーの来た道[その2]』は、パンジーを生んだスミレ属メラニューム(Melanium)=パンジー節(以下、パンジー節)の植物から始まります。

マキバスミレ

上の写真は、[前編]で紹介したマキバスミレViola arvensis(ビオラ アルベンシス)スミレ科スミレ属。パンジー節の花です。雑草のような草姿でしたが、その花をよく見ると私たちがよく知っているパンジーの顔をしています。

ビオラ トリコロール

ビオラ トリコロールViola tricolorスミレ科スミレ属パンジー節。属名のviolaとは、青色に近い紫色であるvioletの花色を意味します。この種(しゅ)は、現在のパンジーに一番近いものと考えられています。種形容語のtricolorとは、tri(3)+color(色)の合成語です。文字通り、和名のサンシキ(三色)スミレという意味です。三つの色を合わせ持ち、多彩な花色とひげ(放射状の線)を持っています。ビオラ トリコロールは、アイスランドなどの島国、東西南北のヨーロッパ、トルコ、イランなどの広域に生息し、草地、山地などさまざまな環境に生えている多様な種です。

ビオラ マケドニカ

上の写真は、ビオラ マケドニカViola tricolor subsp. macedonica(ビオラ トリコロール サブスピーシーズ マケドニカ)スミレ科スミレ属パンジー節といわれるトリコロールの亜種を栽培したものです。ギリシャ、マケドニア、ブルガリアなどバルカン諸国に生息します。種形容語のmacedonicaは、マケドニアの意味です。花色は、イエロー、クリーム、バイオレット、ブルーなどとされ、岩だらけの草原に原生しています。

ビオラ コロヌータ

ビオラ コロヌータViola cornutaスミレ科スミレ属パンジー節。種形容語のcornutaとは、ツノがあるという意味があり英語で「horned pansy(角のあるパンジー)」とも呼ばれます。スペインのピレネー山脈、南ヨーロッパの山岳地帯など比較的標高の高い場所に生える常緑の多年草です。こちらは、現在の小輪パンジー育成の親に使われたとされています。

ビオラ ルテア

ビオラ ルテアViola luteaスミレ科スミレ属パンジー節。種形容語のluteaとは、ラテン語で黄色を表します。名前の通り、通常は黄色の花を付けます。イギリスの諸島から中央ヨーロッパなど比較的標高の高い山地草地や牧草地に生息するとされ、「mountain pansy(山のパンジー)」とも呼ばれます。原生地では、他の地域と比較すると遅く、6~8月に開花します。

園芸パンジーの育種には、ビオラ トリコロール(Viola tricolor)、ビオラ ルテア(Viola lutea)、ビオラ コロヌータ(Viola cornuta)、それにクリミア半島からコーカサス、アルタイ山脈などの草原に生息するビオラ アルタイカ(Viola altaica)のスミレ科スミレ属パンジー節の野生種が使われたとされています。パンジー節のスミレ属は、100種を越えるとされますが、そのほとんどを私は知りません。

それでは、パンジー節のスミレ属の特徴とは、どのようなことでしょうか?

1.花が日本のミヤマスミレ属などのように、筒状構造ではなく、平面的であること
2.閉鎖花を作らないこと
3.柱頭の構造がつぼ状であること、などです。

機会があれば、いろいろなスミレの雌しべの先を観察してみてください。尖(とが)った柱頭、こん棒状の柱頭などさまざまですが、パンジー節のスミレ属は、その先がへこみ穴があいています。それが、パンジー節の大きな特徴の一つなのです。

どんな人でもさまざまな不安や心配ごとを抱えています。ヨーロッパに住まう人々もまた、野に咲くスミレたちを見て、ひとときの安らぎを得たのだと思います。パンジー節のさまざまなスミレ属は、この地域の人々に「Hearts ease(心の癒やし、安寧)」と呼ばれ昔から愛されてきました。ヨーロッパの広い範囲に原生する、このスミレたちは色彩の変異も多く、地域ごとに特徴のある個体群があります。それらを集めて、庭に植えてHearts easeを得た人々がいたことは想像に難くありません。

19世紀、イングランドのバッキンガムシャーにJames Gambier(ジェームス・ガンビエール、1756~1833)という貴族の海軍提督がいました。彼はヨーロッパに遠征に行っては、各地のパンジー節のスミレ属を収集して庭に植えて楽しみました。ある日、ガンビエール提督のお抱えガーデナーであったWilliam Thompsons(ウイリアム・トンプソン、1775~1833)は、庭の中に野生種と違った花が咲いていることに気が付きました。

マドラのイメージ

それは、1839年の出来事だったと記述されています。トンプソンは、ブロッチといわれる顔状の斑紋がある花を付ける株を見つけたのです。これを「マドラ(Medora、もしくはメドラ)」と名付けました。野生のビオラ属には、放射状の線(ひげ)を持つ花はあっても、黒い斑紋(ブロッチ)を持つことはありませんでした。その個体こそが、パンジーのご先祖様です。このマドラが持つ形質は、トンプソンによる、人為的な交配の結果生じたものなのか、さまざまなパンジー節の野生種を、庭に混植した末の自然交雑種なのかは不明です。そして、マドラが何色のブロッチだったのかも分かりません。

パンジー節のスミレ属は、お互いが極めて近縁で遺伝的に分化が少ないと考えられ、容易に交雑ができました。上の写真のように、パンジー節は、柱頭の先が窪(くぼ)んでいて、この中に花粉を入れると受精します。野生では、ハチなどの訪花昆虫によって花粉がこの穴に運ばれるのですが、人為交配では、こよりなどの先に花粉を付けて、この穴に花粉を入れるのです。

パンジーについて語り始めると、思わず多弁になってしまう私です。お話は次回へと続きます。お楽しみに。

この記事の関連情報

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.