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連載

パンジーの来た道[その4]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

パンジーの来た道[その4]

2024/11/05

パンジーの学名は、Viola×wittrockiana(ビオラ ウィットロキアナ)です。種形容語の前にある「×」は、交雑種であることを表しています。 種形容語のwittrockianaとは、19世紀にビオラの研究をしたスウェーデンの植物学者Veit Brecher Wittrock(ファイト・ブレチャー・ウィットロック、1839~1914)に献名されています。 ちなみに私たち日本人は、violaをビオラ(またはヴィオラ)と発音しますが、英語を話す人にはなかなか通じないのです。英語では、バィオラと発音しましょう。

北緯55度40分線の冬、デンマークのコペンハーゲン郊外を車で走っていました。朝8時30分にやっと地平線の向こうに日が昇り始めます。冬至の日照時間は、7時間10分。ヨーロッパの各都市は、私たちが思っているより北に位置し、冬はなかなか夜が明けません。極東にこの緯度をたどると、北海道の樺太(からふと)島を越え、ユーラシア大陸のカムチャッカ半島やベーリング海になるのです。このような地域では、冬のガーデニングは難しいのです。日本のように「秋から冬にパンジーを楽しむ」といった園芸環境ではありません。

上の写真は、1枚目の写真と同じ地域の5月です。この地域では、夏至の日照時間が17.5時間に及び、遅い時間まで明るいので活動時間が長くなり、温暖な気候からパンジーなどを植える園芸も盛んです。植物たちも緯度が高い地域では、日照時間が長くなると春が来たことを知り、花を咲かせます。園芸学でそれを「長日反応」といい、こうした開花習性を持った植物を「長日植物」といいます。元々は、パンジーもそれらと同じで長日開花を示し、日照時間が長い春から夏にかけて開花する性質です。

5月のドイツ中央部ハン ミュンデン(Hann. Münden)

元々、ヨーロッパに原生する野生のスミレ属は、高緯度のヨーロッパの気象条件に適合した植物でした。それを基として、スイスで育成されたパンジー「スイス ジャイアント」は、大輪で品質はよかったのですが、日が長くなった春にしか咲きませんでした。思えば19世紀後半までのパンジーは、日本でも春の花だったと思います。

ところ変わって上の写真は、北緯35度27分の神奈川県横浜市です。冬至の日照時間は、およそ9時間48分。この緯度を西に向かってヨーロッパまでたどると、北アフリカのモロッコやアルジェリアの位置でした。つまり、私たちの日本の緯度は、ヨーロッパの主要都市に比べて、南に位置しています。冬は寒いとはいえ比較的温暖であり、冬でも園芸を楽しめる地域が多くあります。むしろ、秋冬は、水やりの頻度が低く、病害虫も少なく、作業で体を動かしやすい季節でもあり、ガーデニングに適した季節ともいえます。 

パンジー「ニュークリスタル」

サカタのタネが開発した一代交配(F₁)パンジーは、生育が旺盛で早生であったことから、夏に種子をまくと秋から花が咲き、冬でも開花する性質が一部で、出現しました。日照時間が短くなっていく時期に開花する性質は、パンジーが本来持っている「長日開花性」とは違う性質です。この性質を「日長中性(day Length neutral)」 といい、日長に関係なく一定の苗の大きさに達すると開花します。

パンジー「LRアリル オータムリーブズ」

元々、寒さに強いパンジーです。短日期にも咲くパンジーができるということは、冬枯れの中やいてつく寒さに耐え、秋、冬、春と、三つの季節にずっと咲き続ける花が誕生するのです。世の中の目ざとい方は、サカタのタネの一代交配(F₁)パンジーを使い、そんなことを考えたり、育種目標として品種改良を進めたのでした。

21世紀になると、短日期でも開花に至る、日長中性をコンセプトにするLRパンジー※という品種群が確立されました。上の写真は、11月1日のLRパンジー生産者さんの圃場を撮影したものです。ほとんどの株が花を付けていることが分かると思います。春にならないと花が咲かなかったパンジーですが、秋から咲き続けるパンジーができたのです。

※LRパンジー…LRは「ロングラン」の略。冬に休むことなく、秋・冬・春の3シーズンを咲き続けるパンジー

19世紀初頭から始まったパンジーの品種改良の歴史は三世紀に及び、今も続いています。なんという遠大なパンジーの旅路でしょうか。スミレ属の種間交雑から始まり、花の大きさ、姿や形、色彩など目に見える改良を遂げました。そして、目に見えないパンジーの性質を変えることにも成功しました。私たちが大好きなパンジーは、時空を越えた人々の仕事や思いが詰まっていたのでした。

色幅がありユニークな品種のパンジー「LRアリル ピーチ」

日長中性のパンジーは、園芸界全体に及ぶパラダイムシフト※でした。パンジーは、世界で最も多く生産消費される花です。つまり、最も世界の人々に愛されている花だと思います。21世紀は、新しいパンジーの時代、パンジーの百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の時代だと思います。

※パラダイムシフト…その分野においての物の見方、捉え方が時代の移り変わりと共に変化すること

パンジー 「LRアリル ローズビーコン」

パンジーは不思議で魅力的な花。そして、数ある花の中で、最も花色が豊富で、そのときの心象に合わせたコンテナや花壇を作って楽しめます。木々の葉の色が変わり、いてつく冬になっても花を咲かせ続け、3月のお日さまの中で爆発的に開花し、桜のシーズンが終えた初夏まで楽しめます。安価でこれほど長く花を楽しめる草花は他にあるでしょうか?パンジーは、現代の「Hearts ease」です。今年も、これからも多くの方にパンジーを楽しんでほしいと思います。

パンジーについて、もう少し語らせてください。次回は、パンジーが来た道の最終回、パンジーのあれこれについてお話します。お楽しみに。

JADMA

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