小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
パンジーの来た道[その5]
2024/11/12
「パンジーの来た道」と題し、パンジーの歴史を概観してきましたが、もう少しパンジーについて語らせてください。「さすがにもう、おなかいっぱい」な方もいるとは思いますが、今一つ…いえ、五つばかり、お付き合いいただければありがたいです。それでは、パンジーのあれこれの始まりです。
1、パンジーとビオラの違いは?よく咲くスミレはパンジーなのか、ビオラなのか?
植物学的に、パンジーとビオラは同じものです。パンジーは、野生種の種間交雑から、徐々に大輪へ改良されました。しかし、大きな花ほど雨風に弱くなるので、花壇に植えても手入れなどが少なくて済む丈夫な品種が望まれました。大きな花の改良が発展する一方で、逆に丈夫で小さな花に改良する方向もありました。それがビオラの系譜です。
つまり、パンジーとビオラの違いは明確ではないのです。園芸上の便宜的に、4cm以下の小輪をビオラと呼び、5cm以上の花をパンジーと呼んでいます。小輪=4cm以下、中輪=6cm、大輪=8cm、巨大輪=10cm以上とされ、それぞれの目安でカテゴリーに分かれています。
さらに、パンジーとビオラの違いを複雑にしていることがあります。それは、大輪パンジーとビオラを交配した「よく咲くスミレ」シリーズがサカタのタネで作られたからです。このシリーズは、花径の標準が約5cmとビオラとパンジーの間に位置します。パンジーのように華やかでありながら、ビオラのように花壇に植えても丈夫で強いことをコンセプトに育種されました。これは、日本の消費者の「こんなパンジーがあったらよいのに…」という思いを実現した自慢の品種群です。これまでのパンジーとビオラの形にはまらないことから「よく咲くスミレ」と命名したのでした。
2、スミレ(菫)は山道や道端の花、パンジーは草むらや草原の花
スミレ科スミレ属(Viola mandshurica)は、日当たりのよい、山道沿いや道端など、他の草が生えにくい場所に生え、終生根出葉を展開し立ち上がりません。 一方で、パンジーの元になったスミレ科パンジー属(viola arvensis)(Viola tricolor)たちは、日当たりのよい、草原や草むらに生育していました。こちらのスミレたちは、春になると他の草花たちが日の光を求めて一斉に伸長するのに負けじと背を伸ばします。4~5月にパンジーが伸び上がるのは、こうした故郷の環境に適応した性質で、花壇に植えると困ったのですが、逆にその性質を利用した栽培と楽しみ方があります。
パンジーは、たくさん分枝して、それぞれに花を付けるので極めて多花性です。分枝を5~6本に制限して、後から生えてくる分枝を取り除き続けるとエネルギーが主な枝に集中して枝が太くなります。その結果、丈が50~60cmにおよび、左上の写真のような切り花が取れます。これらは市場にも出荷され、一部で販売されるのです。
5月になると背を伸ばすパンジーたち、早めに切り戻してもう一度楽しみたいものです。切り戻した枝は、ぜひ切り花として楽しんでください。この場合は、日がよく当たる場所に切り花を置くのがミソです。「え~、パンジーの切り花なんて考えられない!」と思うでしょう?明るいところに置くと、蕾が次々と開花して花を咲かせ続けます。
3、パンジーの欠点について
よいところづくしのパンジーですが、いくつか欠点があるのを理解しておいてください。
①もともと草原に生える植物なので、木陰や暗いところでは満足に育ちませんし、花を咲かせません。ましてや室内で育てるのは無理です。室内での花持ちは2日程度です。また、暗いところではまったく根性がありません。切り花も暗いところで飾るのに適しません。光合成でできた養分を貯蔵できない植物なのだと思います。いつでも光合成をしていないとダメなのです。
②高緯度地域に生息する原種たちからできたパンジーです。冷涼な環境で本領を発揮し、ときには宿根しますが、耐暑性はまったくないので夏に楽しめません。
上の写真は、イギリスの栄養系パンジーの品種群です。イギリスは、夏でも涼しいのでパンジーが枯れずに宿根草になります。種子をまくと、遺伝子の交差の妙で、いろいろな形質をもった株ができるのですが、そこから採種した種子をまいても形質が安定しないのです。しかし、挿し木などで増やすと形質が維持できるので、そうした貴重な形質を栄養系として維持することが行われます。
イギリスの栄養系パンジーの系譜を基に、微妙な色彩表現を特徴として一代交配に成功したのが、サカタのタネの「虹色スミレ」シリーズです。このパンジーを初めて見たときの衝撃が忘れられません。これが世に出てから、日本人のパンジーに対する評価がさらにもう一段上がりました。「虹色スミレ」は、パンジーの歴史において輝かしい品種群の一つといえます。
4、品質のよい八重咲きパンジーはできるのだろうか?
世界中の方が大好きなパンジーは、人々がいろいろな可能性を今でも追求しています。輪の大小、縁のフリンジ、さまざまな色合いへの追求はあらかた成功しているのでは?と思いますが、良質な八重咲きパンジーの創出には苦労しそうです。左右対称の花弁は、きれいな放射対称を描きにくいと思います。
パンジーの花は左上の写真の通り、上弁2枚+側弁2枚+下弁1枚の計5枚で構成されていますが、突然変異で花弁数が多い(多弁)花を付ける株が出現する場合があります。右上の写真は、私が見てきた中でもっと花弁の多い花です。そうした多弁花は種子が取れにくく、多弁の形質を保持するのは至難です。もし、種子が取れて、その後代からさらに多弁の形質を持ち、種子がより取れる個体を何代にもわたり選別していけば、いつか満足のいく八重咲きパンジーができるかも知れません。良質な八重咲きのパンジーは、決して夢の話ではないでしょう。
5、名人技で傑作を作る日本の農家
日本各地、主要な世界各地でパンジー農家を訪ね、パンジーの生産状況を見てきましたが、私は日本の農家さんが作るパンジーがひいき目なしで一番上手だと思います。そのパンジーは、一鉢一鉢に手が入っていてまさに名人技の結晶だと思います。一つ一つの葉に日光が当たるように、風通しに気を使い、種子のまき時期から移植のタイミング、水のやり方まで完璧です。一番花や蕾を摘むことによって分枝を促し、まるで芸術品のようなパンジー苗が日本では手に入るわけです。日本の消費者の皆さまは、そのようなよいパンジーが手に入る幸せ者ということです。
上の写真は、北米ノースカロライナ州にあるパンジーを初めとする花壇苗を生産しているハウス群です。見渡す限りのハウス、年間1億ポットの生産量だというのですから驚きます。おそらく、世界で最も規模の大きな生産現場の一つだと思います。そこでは、水やりはもちろん、ポットの土入れ、種まき、鉢あげ、施肥、スペーシング、出荷までほとんどの仕事をオートメーションで行います。日本での花栽培は、ファミリービジネスが多いですが、欧米では大規模な企業体経営が主流です。
パンジーの苗は、区画ごとにロット管理を行いますが、作業するためのスペース(通路)がもったいないらしく、作業員はクレーンに乗って管理をしていました。上の写真の左端上部に人が乗っているのが見えるでしょうか?このような大量生産の方法では、一鉢一鉢に気を配ることは難しいです。おのずと、どのような品質になるかお分かりになると思います。
さて、パンジーについてのあれこれ、まだたくさんお伝えしたいことがあります。でも、少し長いシリーズになってしまったので、このあたりが潮時かもしれません。世界で多くの人々に愛されているパンジー。この花を見ていると、なぜか心配ごとや不安が和らぐ気がするのは、私だけではないと思います。花が咲く場所では、植物も人も安心して暮らせます。私たちは、誰でも平和で安心安全に暮らしたいと願っています。そうした、生存本能の現れが、パンジーを愛する気持ちにつながっているように私は思うのでした。
次回は、「パンジーの来た道シリーズ」の前に記述しておいた、ゴマ科ゴマ属とゴマにまつわる植物のお話です。少し時節がずれましたが、お楽しみいただければ幸いです。