小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ゴマ科とその近辺[前編]
2024/11/19
今年の夏を振り返ると、とても暑かったです。例年、秋まで収穫できる夏野菜とはいえ、畑やプランターに植えた野菜たちが早くにお疲れモード。ようやく虫の音を枕に眠れるころには、夏の疲れを感じました。容赦ない日差しを避けられない植物たちは、人々と同じく体調を崩したものが多かったのです。そんな夏の暑さでも、熱帯野菜たちのササゲやオクラ、シカクマメなどは夏の暑さにもめげませんでした。今回は、特に暑さや干ばつに強い熱帯の野菜「ゴマ」を中心にした植物記です。
ゴマ(胡麻)Sesamum indicum(セサマム インディカム)ゴマ科ゴマ属。属名のSesamumとは、古代北アフリカやメソポタミア地域で使われた言語において「油」を意味します。ゴマは、野生種ではなく人間が改良した栽培種とされ、インドで作物化が行われたことで種形容語のindicumは、ラテン語で「インド人」という意味を持っています。しかし、アフリカのサバンナには、野生のゴマ属が原生していて、ゴマの起源はその地域とされています。
ゴマと人間との付き合いは古く、3000年前とも5000年前からとも議論され、人類の最も古い油糧作物※の一つでもあります。ゴマを含むゴマ科ゴマ属、その分布の中心は、アフリカのサハラ以南とされ、ゴマ属で日本に分布している種(しゅ)はありません。ゴマは、アフリカの大地で育つために不可欠な耐暑性と耐干ばつ性の環境ストレス耐性があり、過酷な条件でも栽培が可能な作物です。
※油糧作物…ゆりょうさくもつ 油の採種を目的に栽培する作物
ゴマの花やその植物を見る機会は少ないのですが、ゴマの種子やごま油はとても身近なものです。ゴマの種子は、油の含有量が50パーセント程度あり、香ばしい油が取れる貴重な油資源です。ゴマの世界生産量は300万トン以上に上り、アジアの他は、アフリカ諸国での生産が多く、日本は99.9パーセントを輸入に頼ります。
ゴマという植物のことを知りたいと思い、サカタのタネから絵袋(種子小袋)で販売されている「白ゴマ」を育ててみました。ゴマは、夏の炎天下にもめげない、育てやすい野菜作物でしたが、手間をかけた分の取れ高を考えると、プランターではなく広い耕地で悠々と育てるのをおすすめしたいです。ゴマは、ほとんど枝分かれしないで直立し、背丈が100cm程度の一年草で、上の写真のような植物です。茎葉と花に細かい毛が生え、柔らかな触感があります。葉は、対生もしくは互生で、長さ10cm程度の披針形(ひしんけい)といわれる形状です。後編で「ゴマノハグサ」という植物を紹介しますので、この前編でゴマの葉の形状、イメージを覚えて比較してみてください。
「白ゴマ」は、葉が出ると葉腋(ようえき)ごとに筒状の白い花を付けます。毎日花を咲かせる一日花で、総状の無限花序(むげんかじょ)となります。筒状に合着した花弁の長さ3cmくらいで、雄しべ4本と雌しべ1本。典型的な自家受粉植物で、花が咲くと確実に次々と果実を付けます。
上の写真は、ゴマの蒴果(さくか)です。蒴果は、乾燥すると裂開して多数の種子を放出します。私たちは、その種子を「ゴマ」として利用しているわけです。ゴマの蒴果は、大半が四部屋に分かれていて、大きさは3cm程度あります。上部に二つのくちばしみたいな突起を確認しました。
上の植物は、とある庭園で見つけました。どなたかが植えたみたいですが、周りの方は何の植物か知らないようです。なかなか園芸植物図鑑にも載っていない植物のようで、名前は不明とのことでした。ゴマを栽培した経験のある私には、それが何科の何属に近い植物なのかすぐに分かりました。初めて見た植物でも、その植物体を見たときに何科何属に似ているというインスピレーションがあれば、その固有名詞にたどり着くことは比較的に容易だと思います。
ケラトテカ トリロバCeratotheca trilobaゴマ科ケラトテカ属。以前は、ゴマ科ゴマ属(Sesamum lamiifolium)とされていたようです。私はゴマ属の植物だと思っていました。属名のCeratothecaとは、ギリシャ語で「カプセル状の果実」を表し、種形容語のtrilobaとは「三つに浅く分かれる葉の形状」を意味しています。
上の写真の花と蒴果を見れば、これが、ゴマ科ゴマ属に近縁であることは分かります。ケラトテカ属は、5種で構成され、全てアフリカ産の植物で、アフリカ南部、ジンバブエ、ボツワナなどの草原に原生しています。「South African foxglove」(南アフリカのジギタリス)と呼ばれ、園芸に利用されますが、野生種そのままのようです。
さて、千手観音が相撲取りになったような、奇妙なお姿。おまけに先端には、鋭いフック状の爪が付いています。これは何でしょうか?これは、アフリカ南東部のナミビアやボツワナ、カラハリ地域などに生息しているゴマ科植物の果実です。英語では「Devils claw」(悪魔の爪)とか「Grapple plant」(引っかけ草)とよばれ、日本では「ライオンゴロシ」という名前が付いています。
ライオンゴロシHarpagophytum procumbens(ハルパゴフィタム プロクムベンス)ゴマ科ハルパゴフィタム属の果実。この果実は、大きな引っ付き虫。このフックが動物の毛や皮膚に引っかかって遠くに運ばれ、やがて壊れるか、朽ちるか裂果して、種子が放出されます。この果物が運悪く、ライオンの口に引っかかると大迷惑。外そうとすればするほど、このとげはさらに絡みつくのです。ライオンは、この果実から逃れられず、痛みで餌が取れずに飢え死にしたと言われ、これが「ライオンゴロシ」という名の由来と言われています。
属名のHarpagophytumとは、ギリシャ語のharpago(フック)+phyto(植物)の合成語です。種形容語のprocumbensは「這(は)った」「平臥(へいが)した」「伏臥(ふくが)した」という意味です。私は、植物体をこの目で見たことがありません。資料でその姿を確認しましたが、前述のケラトテカ トリロバが横に這(は)ったような植物でした。
ライオンゴロシは、多年生の塊茎(かいけい)を持ち乾燥に耐えます。塊茎は、野生で採取され、生薬としてヨーロッパなどに輸出され、現地民の生計を支えているのだそうです。
アフリカの熱く乾いた草原や砂漠には、多くのゴマ科ゴマ属や近縁種が生息しています。妙な果実を付けるゴマ科植物たち、お話は後編に続きます。お楽しみに。
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※例年11月下旬ごろに販売予定です。