小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
クルミ科[中編] ペカン(カリヤ)属
2024/12/17
前回の「クルミ科[前編] クルミ属」で、かわいらしいヒメグルミの実を紹介しました。工作に夢中になりすぎて、植物としてのヒメグルミについての言及が不足したように思いますので、もう少し説明を追加します。
ヒメグルミもオニグルミも東アジアの大陸部分に広く生息するマンシュウグルミJuglans mandshuricaの変種です。初夏に雌雄異花を開花させて、秋に仮果(かか)を伴う核果(かくか)を付けます。そして、葉は大きな7~19枚の羽状複葉(うじょうふくよう)を付けます。
ヒメグルミJuglans mandshurica var. cordiformis(ジャグランス マンドシュリカ バラエティー コルディフォーミス)クルミ科クルミ属は、実が比較的小さく、核果がハート形になる変わり者です。仮果は、成熟すると乾燥するか腐熟して、核果には黒い果肉がこびりつき、黒く汚れています。
仮果の汚れを洗ってかわいらしいヒメクルミの実になりました。自然界では、オニグルミやヒメグルミの核果はとても堅いため、タヌキなどは食べられないそうです。クルミの殻を打ち破る術を持つ者は、リスなど一部の齧歯(げっし)類と人間だけです。日本の縄文遺跡では、その痕跡が見つかります。
日本の野山に生息しているクルミ属のオニグルミの実は、とびきりのおいしさながら、殻がとても堅く、食用部分の小ささと、実が取り出しにくいことが災いして、有効利用されているとは思えません。オニグルミの殻が薄く、種子が取り出しやすい、系統選抜が行われるとよいと思います。
世界にはいろいろなクルミ科クルミ属がありますが、通常、食べ物として売っているクルミは、ペルシャグルミの栽培種であり、他のクルミ属の利用は限定的です。他に食用として利用されているのは、クルミ属とは違うペカン(カリヤ)属のピーカンナッツと呼ばれる一種だけです。
ピーカンナッツは、 カリヤ イリノイエンシスCarya illinoensisクルミ科ペカン(カリヤ)属の種子です。属名のCaryaは、ギリシャ語でナッツを意味し、種形容語のllinoensisは、北米のイリノイ州に産するという意味です。クルミによく似ていますが、植物的に異なる点が多く、風味も多少違います。
カリヤ オバタCarya ovataクルミ科ペカン(カリヤ)属。ペカン属は別名カリヤ属ともいわれ、東アジアの大陸部分にも一部の属種が生息していますが、北米が分布の中心でこの地が発生場所と考えられています。ペカン(カリヤ)属は、常緑種もありますが、ほとんどが羽状複葉をつける落葉の高木で有用な木材資源でもあります。
ペカン(カリヤ)属は、クルミ属とよく似ているのですが、最大の違いは仮果と呼ばれる構造がクルミ属と違う点です。上の写真は、カリヤ オバタの仮果と核果を撮影したものです。ペカン(カリヤ)属の仮果は、柔らかい木質でこずえに仮果が付いたまま核果を落とすか、乾いた仮果に裂け目ができて仮果ごと落下してきます。
核果の中には、クルミのように脂肪分がたっぷりの種子が詰まっています。カリヤ オバタの核果は、風味が豊かですが、オニグルミのように小さく、中身が取り出しにくいので、ナッツとしての商業利用はされていないようです。
カリヤ オバタは、北米東部に原生するかなり大きな落葉高木。英語ではshagbark hickory(シャグバーク ヒッコリー)といわれます。木肌が大きく裂けるので、荒れ肌のヒッコリーという意味だと思います。種形容語のovataとは、卵円形を表し、核果の形状を意味します。
木を眺めていて、オニグルミの葉とカリヤ オバタの葉の違いに気付きました。少し見にくいのですが、オニグルミの葉数が奇数の11~18枚であるのに対し、カリヤ オバタは、5枚の奇数羽状複葉です。クルミ科としては少ない複葉数だと思います。
すっかり葉を落としたカリヤ オバタの木の下には、こんな実が落ちていました。これを現地ではヒッコリーの実といいました。小さく殻がむきにくいので食べにくいのですが、食料の少ない時代には、貴重な山の幸だったのだと思います。「ヒッコリー」。なんとも郷愁をそそるその名前は、ネイティブアメリカンの言葉とのことです。
次回は、「クルミ科[後編]サワグルミ属ノグルミ属ほか」、実を食用にできないクルミ科の植物についての植物記です。お楽しみに。