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連載

クルミ科[後編] サワグルミ属ノグルミ属ほか

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

クルミ科[後編] サワグルミ属ノグルミ属ほか

2024/12/24

『クルミ科[中編]』に登場した「ヒッコリー」の愛称で呼ばれる樹木、カリヤ オバタの学名は、Carya(カリヤ)でした。その語源は、ナッツを意味するギリシャ語です。クルミ科の中には、実の栄養とおいしさで私たちに重宝されている種属があるのですが、あまり知られていないクルミ科の種属もあります。今回は、1.Ptero carya(翼を持つナッツ)、2.Cyclo carya(平ら、丸いナッツ)、3.Platy carya(広がったナッツ)という学名を持つ、carya三兄弟の植物記です。

サワグルミ

サワグルミ属は、英語でwingnutsと呼ばれます。それは、成熟した果実に翼があるからです。羽状複葉(うじょうふくよう)を持ち、30m程度に育つ落葉の高木となり、沢沿いの森に生息するので、サワグルミと呼ばれます。サワグルミ属は6種で構成され、コーカサス地方に1種、東アジアの中国に5種が生息し、この属の分布の中心となっています。そのうち1種、サワグルミPterocarya rhoifolia(プテロカリア ロイフォリア)が日本の渓流沿いなど湿度の高い場所にも生息しています。

サワグルミは、樹木の見た目がクルミ属と似ていますが、花が終わると雌花は下向きに連なった果序(かじょ)となって、果実は一対の翼を持ちます。上の写真は果序が下向きにぶら下がる様子です。その果実は小さく食用にはなりません。

シナサワグルミ

シナサワグルミPterocarya stenoptera(プテロカリヤ ステノプテラ)クルミ科クルミ属。種形容語のstenopteraは、「細い翼を持つ」という意味です。中国東部の各省に原生するサワグルミですが、日本に生息するサワグルミに比べ、果実の翼が狭く、サワグルミが奇数の羽状複葉に対し、シナサワグルミは偶数の羽状複葉を持ちます。

シクロアリア パリウルス

シクロアリア パリウルスCyclocarya paliurusクルミ科シクロカリア属。属名のCyclocaryaは、「平らで丸いナッツ」という意味です。シクロカリア属は、ヨーロッパ、日本、アラスカなどから化石が見つかるのですが、各地で絶滅し、現代では東アジアの台湾、雲南省、四川省、浙江省などの湿った森に、この一種だけが生き残っています。

シクロアリア パリウルスは、高さ30mまで成長する大きな落葉樹です。サワグルミに似ているので、以前は、Pterocarya paliurusとしてサワグルミ属に分類されていたのですが、二つの翼の代わりに円盤状の翼を持つなどで区別されシクロカリア属となりました。

シクロアリア パリウルスの葉は、クルミ科独特の羽状複葉です。4~10枚の対生する小葉(こば)の他に先端に小葉が付くので、奇数羽状複葉といいます。葉にはツヤがあり、皮質で縁には細かいのこぎり歯がありました。

シクロアリア パリウルスは、他のクルミ科のように雌雄異花を4~5月に開花させ、7~8月に円盤のような果実ができて、このように垂れ下がります。その景色はとてもおかしく、たくさんの目に見つめられているように感じました。

円盤状の翼は紙質で、左上の写真の私の手に乗っているのがその果実なので、どのくらいの大きさなのかは分かると思います。中国では、この形状からこの植物を青銭柳(セイセンリュウ)と呼んでいます。種形容語のpaliurusとは、「利尿」を意味し、この実は、生薬の一つとして中医薬に使われています。

西日本に行くと冬枯れの林縁、山の傾斜地などに関東では見ることのない不思議な樹木を見ることがあります。それは、こずえの先に松ぼっくりみたいな茶色の果実を付けるのです。東アジアに固有のその樹木は、欧米人には奇異に思えたのでしょう。この木に学名を付けたのは、あのPhilipp Franz von Siebold(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト、1796~1866)とJoseph Gerhard von Zuccarini(ヨーゼフ・ゲアハルト・ツッカリーニ、1797~1848)でした。

ノグルミ

ノグルミPlatycarya strobilacea(プラティカリア ストロビラセア)クルミ科ノグルミ属。北半球各地から化石の報告はあるのですが、氷河期に各地で絶滅し、現代では温暖な日本、朝鮮半島、中国にだけ生息しています。1属1種とされてきましたが、もう1種が認識され1属2種だけの小さな属種となりました。

ノグルミ

ノグルミの種形容語のstrobilaceaとは、古代ギリシャ語の松ぼっくりに由来するとのことです。オニグルミやヒメグルミは、子葉に脂肪を貯め込み、リスなどに貯食されます。その習性と食べ残しによって散布されるのに対し、ノグルミは、風によって散布される仕組みです。

上の写真は、ノグルミの果実です。それは針葉樹の球果みたいで果実の集合体となっています。この果実が熟すと鱗片(りんぺん)が一つ一つバラバラに広がり、風と共に旅をするのです。クルミ科といっても、果実の形態はいろいろありました。そして、果実を生薬にしたり、木材の資源になったり、樹皮に含まれるタンニンで皮をなめすことに使われたり、私たち人間との関係も多様です。あのおいしいナッツになるのは、クルミ属とペカン(カリヤ)属の一部だけでした。

間もなく2024年も終わろうとしています。車での移動が減り、歩くことが増えました。道端でいろいろな植物に出会うのですが、熱帯亜熱帯に故郷を持つ植物が平気で冬を越していることに気付き、気候変動を身近に感じた年でした。

本年も東アジア植物記をお読みいただきありがとうございました。2025年が、皆さまにとって平安な年になることを願っています。

新年の植物記は、東アジアに固有の「イイギリ」の植物記から始まります。次回もお楽しみに。

JADMA

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