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イイギリ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

イイギリ属

2025/01/07

また、新たな一年がやってきました。無事な年でありますよう願うばかりです。それでは、2025年の東アジア植物記の始まりです。明治の詩人、国木田独歩(くにきだ どっぽ)は、「山林に自由存す」と書きました。深い意味があるのだろうけれど、私には冬枯れの林を闊歩(かっぽ)しながら、木々の幹に触れて感じる開放感と安心感を表している言葉だと思えます。それは、山住の民として、衣食住や薬を森から得ていたころの遠い記憶によるものかもしれません。

落ち葉を踏み分け林を歩いていると、足元に南天の実に似た赤い果実が落ちていました。

見上げると高さ15m程度のこずえに、鈴なりの赤い実が付いています。下に落ちていた実は鳥たちが食べ散らかしたものでしょう。3次元に生息する樹木をめでるとき、下ばかり見ないで視線を上にして眺めることも大切です。

イイギリ

イイギリIdesia polycarpa(イデシア ポリカルパ)ヤナギ科イイギリ属。それは美しい赤い実を、ブドウの房のようにこずえからぶら下げる印象的な樹木です。この樹種は、園芸的な植栽は別にして、日本を始め、中国、朝鮮半島、台湾など東アジアの山林でしか見れない、この地域に固有の樹木です。山地の湿った森に原生し、成長は早く、20m程度に育ちます。

イイギリの学名を付けたのは、ロシアの植物学者Carl Johann Maximovich(カール・ヨハン・マクシモヴィッチ、1827~1891)です。彼は『楸樹とカタルパ属』で紹介したAlexander Georg von Bunge(アレクサンダー・ゲオルク・フォン・ブンゲ、1803~1890年)の弟子です。1859~1864年にかけて中国、朝鮮半島、日本の植物を調査しました。その際、イイギリ科に分類されたのですが、現在は分子系統学によってヤナギ科に配置されます。

シダレヤナギ

ヤナギというとすぐに思い浮かぶのが、シダレヤナギ(垂柳)Salix babylonica(サリックス バビロニカ)ヤナギ科ヤナギ属です。ヤナギの樹皮を煎じて飲むと鎮痛や解熱の効果があることは、昔から知られていました。その物質は、属名のSalixから名付けられサリシンといいます。それはアスピリンの開発の元になる物質なのでした。イイギリもサリシンを生成するといいます。でも、このヤナギに形態上でイイギリとの近縁性を見い出すのは難しいです。

サイモン ポプラ

上の写真は、中国東北部に原生するサイモン ポプラPopulus simonii(ポプラス シモニー)ヤナギ科ポプラ属。ポプラもヤナギ科で同じようにサリシンを生成します。皆さまはポプラの葉の形をご存じでしょうか。ポプラとイイギリには近いものを感じます。

イイギリは、漢字で「飯桐」、中国語で「山桐子(shan tong zi)」といいます。左上の写真がイイギリの葉で、互生に付き、ハート形をしています。赤く長い葉柄(ようへい)が付き、葉の長さと全幅がともに20cm程度の大きさがあり、昔はこの葉にご飯をのせたといいます。

幹は太く、下の幹と上の幹が同じ太さなので、木へんに同じと書いて「桐」です。ゆえに飯桐なのです。中国名は、山地に生える桐を意味していて生育環境を示しています。イイギリは、雌雄異株で、雌株には実が付くのですが、当然ながら雄株には付きません。ちなみに上の写真は、雄株です。樹皮の模様が独特なので幹だけ見てもイイギリだと分かります。

アカメガシワ

ハート形の葉と長い葉柄の、イイギリの葉によく似た樹木の葉があります。イイギリと見間違える場合があるので解説しておきます。上の写真は、アカメガシワMallotus japonicus(マロトゥス ジャポニカス)トウダイグサ科アカメガシワ属です。アカメガシワの葉には毛が生えていますが、イイギリの葉はツヤツヤで毛が生えていません。イイギリとアカメガシワの両方を見ていると次第に判別が容易になるでしょう。

イイギリの学名についての解説です。属名のIdesiaとは、17世紀にシベリアを経て中国に滞在したロシアの外交官エバーハルト イズブランド イデスに献名された名です。種形容語のpolycarpaは、poly(多数の)+carp(果実)の合成語でイイギリがたくさんの実を付けることを意味しています。属名のIdesiaですが、発音はイデシアもしくはアイデシアどちらでもよいと思います。学名は、ラテン語ですが、公用語として使用しているのはバチカン市国。その国でも会話はイタリア語なので、現代において使用頻度が少ないラテン語です。発音には決まりがないのです。

イイギリは東アジアの山地に生息する大きな落葉樹です。私は白神山地のブナ林でもイイギリを見ましたが、青森が日本における北限地とされています。肥沃な土地に生える樹木ですが、見かけることはややまれです。

イイギリの果実の大きさは9mmほど、鳥たちに食べてもらうため目立つ赤い色をしています。味はどうかと食べてみたのですがおいしいものではありません。私は、害がないことを予想し、口に含みましたが、まねはしないでください。果皮は薄く中にはたくさんの小さな種子が入っていました。

イイギリは、1株で無数の赤い実と種子を付けるのですが、種子はあまりに小さいのです。残念ながらこれでは芽生えも小さく、よほど運がよくないと大人まで育たないように思います。イイギリが珍しい樹木なのはそんな事情があるのでしょう。

※「野菜」「果樹苗」として販売しているもの以外の植物は、観賞を目的としているものです。それらの商品は、有毒もしくは健康上、害を及ぼす場合がありますので、取り扱いにご注意の上、絶対に食べないでください。

次回は、正月料理にちなんだクチナシのお話です。お楽しみに。

JADMA

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