小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
アカネ科[中編] クチナシ属とコーヒーノキ属
2025/01/21
クチナシ属は、日本にも原生しているクチナシ(Gardenia jasminoides)を除き、熱帯域に多くの種(しゅ)が生息していています。見たことも聞いたこともない種属が多く、調べていくと太平洋の小島で独自に進化したようです。その多くは、私には未知の種属なのですが、今回は、見聞きしたわずかなクチナシ属を紹介します。後半では、この属に最も近縁とされるアカネ科植物について言及していきます。
太平洋には、ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアの地域を含めて、約2万5000島もの島々があるそうです。その島々は、大陸と隔てられ、独自の生態系と文化を育んできました。
日本に生息するクチナシは、比較的暗く、暖かく湿った森に生えていますが、日当たりのよい熱帯乾燥林に生える種もあります。上の写真は、現地でナーヌー(Nānū)と呼ばれるクチナシ属です。高さは5mになるそうで、以前は家を建てる木材にも利用されたといいます。
ガーデニア ブリガミーGardenia brighamiiアカネ科クチナシ属。この植物は、ハワイ諸島固有のクチナシ属です。種形容語のbrighamiiは、ポリネシア文化や自然史コレクションを持つバーニス・パウアヒ・ビショップ博物館の初代館長William Tufts Brigham(ウィリアム・タフツ・ブリガム、1841~1926)にちなんで名付けられました。
ガーデニア ブリガミーの花はご覧のように白色、基部で会着していて大きさは6cm。そして、開花は熱帯原生の植物らしく、不定期です。昔は、この花を人への愛情などを表す首飾りlei(レイ、ハワイ語で花輪)に使ったそうです。香りがよいので、素材によかったのでしょう。葉は、互生で濃い緑色をして、ツヤツヤの皮質です。
これまでのガーデニア ブリガミーの写真を見ても、クチナシ属のイメージが付きにくいと思います。右上の写真は、クチナシのがく片と未熟な果実です。見比べてみましょう。左上の写真のように、ガーデニア ブリガミーの開花後に残るがく片と未熟な果実を見ると、クチナシ属なのだと納得できます。
ガーデニア ブリガミーの解説に、「以前」や「昔」といった過去形を使いました。なぜなら、この植物は多くの島で絶滅し、ハワイ州全体で野生種が一握りしか残っていません。諸島の低地乾燥林に生えるのですが、観光開発でその生育環境の90%以上が失われたといいます。世界で野生株が10本程度しか残っていないナーヌー、そのオレンジイエローの果肉から取れる染料は、ハワイの夕焼け色だそうです。
こちらも珍しい品種です。オガサワラクチナシGardenia boninensis(ガーデニア ボニネンシス)アカネ科クチナシ属。小笠原諸島固有のクチナシ属です。種形容語のboninensisは、小笠原諸島の英語名Bonin Islandsにちなみます。Boninは、ぶじん(無人)を意味しています。
オガサワラクチナシは、2m程度の常緑低木で、諸島の日当たりがよい、やや乾燥した山地斜面に生息するクチナシ属です。この他に、タヒチなど南太平洋の島々には「ティアレ」として知られる、タヒチクチナシGardenia taitensis(ガーデニア タイテンシス)アカネ科クチナシ属など、多様なクチナシが点在しています。
クチナシ属に最も近縁だとされる植物は、コーヒーノキ属だといわれています。アカネ科の植物でコーヒーノキ属ほど、人々に愛され、利用されている植物はありません。コーヒー豆の世界全体の総生産量は、2022年に1000万トンを越えました。世界中で毎日、25億人もの人々がコーヒーを飲むと推測されています。産出国は、ブラジルが30%程度あり、ベトナム、インドネシア、コロンビアと続き、産地は「コーヒーベルト」と言われる、北回帰線と南回帰線に挟まれた地域にあります。
コフィア アラビカCoffea arabicaアカネ科コーヒーノキ属。種形容語のarabicaとは、コーヒーを最初に利用し、広く取引がされた、アラビア半島を意味しています。品質がよく、世界のコーヒー生産の60%ほどが、このコフィア アラビカ種で行われています。ちなみに「ゲイシャ」というコーヒーがありますが、日本の「芸者」とは何のゆかりもありません。エチオピアの「Geisha」と呼ばれる村が起源のアラビカ種です。
コフィア アラビカは、アラビア半島に由来する名前ですが、この種の原生種は、アフリカのエチオピアの南西部の高地にありました。コーヒーノキは、低温に弱く、熱帯起源でありながら高温多湿も嫌います。強い日射には耐えられず、適度な湿度と風通しを選ぶ繊細さを持つ植物です。その難しい条件の栽培適地は、熱帯山地の限られた地域なのです。
コーヒーノキ属は、アフリカの高地を分布の中心としていますが、最近の調査では、熱帯アジアやオーストラリア、太平洋の島々まで分布していて130種を超える属(Genus)であることが分かったようです。
皆さまもご存じの通り、コーヒー豆にはカフェインが含まれています。それは、根、茎、葉にもあります。このカフェインは、植物を病害虫から守る生体防御機能として自ら生成するものだったのでした。それはある意味の毒とも言えます。飲み過ぎに注意する必要がありそうです。
今回は、クチナシ、コーヒーノキとアカネ科の植物を見てきましたが、このファミリー(科)は驚くほど多様です。もう少し熱帯・亜熱帯に分布するアカネ科の植物について見ていきましょう。次回は、「アカネ科[後編]」です。お楽しみに。