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マルメロとカリン

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

マルメロとカリン

2025/02/10

ボケの果実を切りながら、その形状、香りや種子にカリン(花梨)を感じた私。調べてみるとカリンは、Chaenomeles sinensis(カエノメレス シネンシス)としてボケ属に含まれた時期がありました。やはり感覚的にはボケと同じだと思った人は、私だけではなかったようです。現代分子分類体系でカリンは、一属一種として独立しましたが、明らかにボケと深い関連があります。

それでは、カリンの植物記を始めますが、その前にマルメロという植物について語らないといけません。

ボケ

前回の『ボケ属』で、ボケの学名は、Chaenomeles speciosa(カエノメレス スペシオサ)と書きました。英語では、Chinese quince(中国のクゥインス)またはflowering-quinceと呼ばれることがあります。まずは、このquince(クゥインス)について説明します。

この梨のような物は何でしょう?この果実を付ける植物は、その昔、Pyrus cydonia(パイラス シドニア)バラ科ナシ属とされていました。種形容語のcydoniaとは、クレタ島の古代都市Cydon(シドン)に由来するものです。その植物を英語でquince(クゥインス)といいます。ボケをChinese quince(中国のクゥインス)と呼ぶのは、この果実を付ける植物もまた、ボケと密接な関係があるからです。

マルメロ

先ほどの黄色い果実を付ける植物は、マルメロCydonia oblonga(シドニア オブロンガ)バラ科マルメロ属です。マルメロは、ナシ属でもボケ属でもなく、現在は一属一種のCydonia(シドニア)属です。種形容語のoblongaとは、ラテン語で「細長い」という意味で、果実の形態を表します。和名のマルメロは、ポルトガル由来で、「蜜のように甘い」というギリシャ語の意味らしいのです。

マルメロは、カスピ海の南に広がる森があるイラン、アゼルバイジャン付近が起源とされています。暑くてリンゴ栽培ができないメソポタミア地方で、この果実は「黄金のリンゴ」として、古代から地中海周辺で栽培されてきました。この実は堅く、生食に適していないのですが、強烈な香りから果実酒やジャムなどに利用されました。多くの果実が栽培できる日本では、薬用や果実酒などに利用される程度の需要しかないので、栽培と流通は限定的です。

マルメロは、5m程度のあまり大きくならない落葉小高木です。春の4月ごろ、4cm程度の淡いピンクの花を枝先に付けます。5枚花弁で雌しべ5本、雄しべ多数。葉は、互生し、卵型で鋸歯(きょし)がなく、つるんとしています。そして、葉の裏に柔らかい毛が密生しているのが、マルメロの特徴です。

カリン

枝が群生して、ボケのような木姿になるのが、カリンです。このカリンは、ボケ属に分類されていたのですが、カリンPseudocydonia sinensis(プセウドシドニア シネンシス) バラ科カリン属として独立しました。学名は、属名がPseudo(似ている、偽の)+cydonia(マルメロ)の合成語です。種形容語は中国産を意味するsinensisで構成されています。この植物の原生地は、秦嶺(しんれい)山脈以南の中国東南部です。

カリン属は、植物的にボケ属ともマルメロ属とも近縁ながら、一線を画する植物として世界に一属一種しか存在しない属種です。この植物の花は、マルメロより花色が濃く、華やかなピンクの5弁花。3月中に開花する早咲きです。そして、ボケと同じように両性花と雄花を付けます。

低木のボケや小高木のマルメロに対し、カリンは株立ちしながら直立した幹を持ち、10m程度に育つ、落葉の高木です。

上の写真の葉を見てください。ボケのようなとげはなく、マルメロの全縁(ふちに切れ込みがない葉)に対し、カリンにはギザギザとした鋸歯があります。そして、葉裏に毛があるマルメロに対し、カリンの葉裏には毛がありません。そして、DNAの違いによって、カリンのオリジナリティーが証明されました。

何とカラフルなカリンの木肌でしょうか。カリンの木材は堅く、滑らかな木肌でツヤがあり、高級品です。そして、古木になると不規則に樹皮が剥がれて、美しいまだら模様を作ります。

緑色の果実は、冬になると黄色に熟します。形は、洋なし型や楕円(だえん)形で、大きな物になると20cmを越えるものもあります。表面にツヤがあり、油分もあってベタベタします。そして、独特の甘いカリンの香りを出すのです。

カリンの果実は、昔から咳(せき)や喉の痛みを和らげるとされてきました。生薬としての処方は分かりませんが、私は料理の達人から頂いたカリンのシロップが忘れられなくて、作り方を教わりました。

堅いカリンを切って、皮や種ごとひたひたの水でよく煮るのです。お湯が3分の1程度になったら火を止め、残った煮汁と果実から染み出る滴(したた)りを取ります。果肉を決して絞ってはいけません。何度か失敗して、やっと完成したのが次の写真です。

砂糖を入れて、さらに煮詰めると、煮汁の色が琥珀(こはく)色に変わり、レモン汁を加えて完成しました。果肉は利用しないので、ジャムではありません。甘酸っぱく、ボケの果実と同じ香りがする、まるでカリンの結晶のようなシロップです。このままお湯で薄めて飲むもよし、パンやヨーグルトに加えてもおいしいのです。料理にも使ってみようと思います。

これから、ボケ、カリン、ウメ、サクラ、カイドウなど…よく知られているさまざまな春の花木が咲いてきます。その多くは、東アジアを故郷とします。花木のホットスポットに住まう私たち。それらの花が楽しめる春は、もうすぐです。

次回は、日本の春を感じさせる景色の一つになったハナニラのお話です。お楽しみに。

JADMA

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