![気になる外来種[その5] ナガミヒナゲシ](../../image-cms/header_kosugi.png)

小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
気になる外来種[その5] ナガミヒナゲシ
2025/04/15
日本全国に広がるブタナよりも急速に分布を広げている外来種があります。都市部を中心にその勢いはすさまじく、地域の生態系に悪影響を与える可能性があるとして地方自治体では、その駆除を奨励しているところもあるほどです。
ナガミヒナゲシ
ナガミヒナゲシPapaver dubium(パパバー ドゥビウム)ケシ科ケシ属。1960年代に東京で始めて確認されて以来、急速に生息域を拡大して、道端、空き地、畑のあぜなど、至るところに生えるようになりました。
ナガミヒナゲシの学名の解説です。属名のPapaverの語源はいろいろ言われています。その中でも、ケシの実が出す乳液の名前であり、古い言語の「papa(乳)」に由来するという説が、私は一番、腑(ふ)に落ちました。種形容語のdubiumは、「不確か」「疑わしい」という意味です。この植物には、多くの亜種や似たような種(しゅ)があることから、区別が難しいことを表しています。英語では「field poppy(野原ヒナゲシ)」「Greek red poppy(ギリシャの赤いヒナゲシ)」「long headed poppy(ロングヘッドポピー)」などと呼ばれます。ナガミヒナゲシの和名は、英名のlong head poppyの和訳だと思います。
シベリアヒナゲシ
ケシ属は、主に地中海地域から中央アジアの中緯度地域に原生していて、東アジアで見られる種(しゅ)は極めて少数です。上の写真は、シベリアヒナゲシPapaver nudicauleケシ科ケシ属で、モンゴルに原生する数少ないケシ属です。日本の在来種は、北海道の離島で見られるリシリヒナゲシ(利尻雛罌粟)だけです。ナガミヒナゲシは、日本の野で見られる貴重なケシ属ではあるのですが、その数があまりに多過ぎです。
ナガミヒナゲシの原生地は、マカロネシア(ヨーロッパや北アフリカに近い太西洋の島々)、ヨーロッパから西ヒマラヤ地域、北アフリカからアラビア半島に及ぶ広大な地域です。日本への来歴は、よく分かっていません。園芸用に持ち込まれた、輸入の穀物に混ざって入国したなどの説がありますが、その証拠はありません。
上の写真は、畑のあぜに群落を作った、ナガミヒナゲシです。この植物は、晩春から花を咲かせ、夏に種子を落として枯れ、秋に芽を出し、冬を越える一年草です。花の大きさは、4~6cm程度。花は一日花で、きれいなのは朝から午前中だけ。愛(め)でるなら午前中がおすすめです。日本中の至るところに生える植物ですが、耕さない不耕起地だけに繁茂します。なぜでしょうか?
ナガミヒナゲシは、秋に芽を出し、冬を越えるために根出葉が基部で密集して円形になります。いわゆる葉のおしくらまんじゅう状態。このような形状を植物用語で「ロゼット」といいます。株を掘ってみるとゴボウのような直根があって細かい根は見当たりません。ケシ属は、移植や根が切れることを嫌い、この根が切られると枯れてしまいます。ナガミヒナゲシが生えていても耕運などで根を切ることによって、この植物を駆除できるというわけです。
道端で見る、ナガミヒナゲシは、薄いオレンジ色が一般的です。それでも各地域で花色の変異が見られ、オレンジ寄りのレッド、サーモン、ホワイトなどがあります。特にホワイトは、劣性(潜性)の花色なので、ホワイトの花にホワイトの花粉が付かないと、ホワイトの子孫を残せません。その結果、ホワイトの集団ができあがり、群落になっている地域を見ます。そうした変異の集団が、地理的に孤立して、気が遠くなるほど代を重ね、変異を繰り返して、亜種が生まれたり、種(しゅ)が分化しているのだと思います。
ナガミヒナゲシは、一年草です。高さは50~60cmに育ちます。花が咲くとすぐに果実が膨らんでいきます。ナガミヒナゲシは、とても子だくさんで、成熟した株に80~100くらいのケシの実を付けます。
50cm程度に伸びた花茎は細いのですが、弾力性がありその頂きに付いたケシの実が風に揺れます。
乾燥して薄茶になったナガミヒナゲシのケシボウズの柱頭と子房の間に小さな小窓が開いているのが分かります。ケシの実が風になびくたびに、この小窓から中の乾燥した小さな種子が振りまかれる仕組みなのです。それを難しい言葉を使うと、風靡散布(ふうびさんぷ)といいます。
一つのケシボウズを開けて種子を確認してみます。ケシ粒の大きさは0.5mm程度で、数はひと目で1000粒を超えていることは、長年の眼力で分かります。1株で100のケシボウズを付け、一つの実の中に約1000粒の種子が入っていると仮定すると、1株で10万粒もの種子を付けることになります。それが10株あれば、100万粒です。ナガミヒナゲシは、何ともすさまじい種子量を1世代で生産するのです。おまけに長期間休眠できる能力があり、長い間、土の中で寝て暮らし、条件が整うと発芽して生育を開始するのでした。
全国の野に広がっている、外来のケシにはそんな由来とプロフィルがありました。しばらくその勢いは止まりそうもありませんが、どんな植物にも役割と宿命があります。いつ、どこで、日本の自然と折り合いを付けるのかを見守りたいと思います。
次回は、熱帯を起源とするフウチョウソウ科のお話です。お楽しみに。