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【第5回】農薬ってどんな試験をして販売されているの?

望田明利

もちだ・あきとし

千葉大学園芸学部卒。住友化学園芸研究開発部長として、家庭園芸薬品や肥料の開発普及に従事。現在は園芸文化協会理事、家庭園芸グリーンアドバイザー認定講習会講師などとして活躍中。各種園芸雑誌等に病害虫関係の執筆多数。自らも自宅でさまざまな種類の草花・花木などを栽培している。

【第5回】農薬ってどんな試験をして販売されているの?

2022/04/19

「農薬」とは、植物に被害を及ぼす病害虫を退治する薬剤であることは前回説明しました。私たちが普段口にしている米、パン、野菜、果物、茶やコーヒーも全て植物に由来します。そのため、野菜や果樹に農薬を散布しても大丈夫かなと戸惑う人もいることでしょう。1つの農薬が完成するまでにさまざまな試験が行われています。今回はいかに安全を証明しているのかについてご紹介します。

【目次】
1. 人への安全性はどうか(人畜毒性試験)
 ①農薬を使う人に対する安全性試験(急性毒性試験)
 ②農薬が使われた食品を食べた人に対する安全性試験(中・長期毒性試験)
 【コラム:サリドマイド事件をご存じですか?】

2. 魚介類や天敵など他の生物に影響がないか(環境に対する影響試験)

3. 生体内でどのような変化を受けるのか(生体内運命に関する試験)

4. 植物に農薬がどのくらい残留しているか(作物残留試験)

5. 病害虫に効果があるか、植物に薬害が出ないか(効果・薬害試験)
 【コラム:農薬の昔と今】

1. 人への安全性はどうか(人畜毒性試験)

毒性試験とは安全性を確認する試験のことで、非常に多くの種類が行われます。人に対しての安全性を確認する「人畜毒性試験」の中でも、農薬を使用する人に対する試験(急性毒性試験)、農薬を使用した食品を食べた人に対する試験(中・長期毒性試験)に分けて説明します。これらの試験はマウス、ラット、ウサギ、イヌ、ニワトリなどの動物で確認しています。

①農薬を使う人に対する安全性試験(急性毒性試験)

誤飲・誤食など、農薬が口から入ったときの「急性経口毒性試験」を実施しています。同様に、農薬が皮膚に付着したときの「急性経皮毒性試験」、吸い込んで肺の中に入ったときの「急性吸入毒性試験」も行います。

一般的に毒性の強さは、実験に使った動物の半分が死に至る濃度で表しており「LD50 (数値)㎎/kg」と表示されます。

毒物及び劇物取締法では、LD50の濃度が低いほど毒性が強く、LD50 300mg/kg以下が毒物劇物に指定され、LD50 300mg/kgを超える場合は一般品になります。市販されている農薬の大多数は毒物劇物に該当せず、洗剤などの化学品と同様の扱いになります。

※LD50:Lethal Dose 50の略

上記以外に、皮膚にかぶれなどが出ないかを調べる「皮膚刺激性試験」、皮膚に繰り返し付着することでアレルギー症状が表れる「皮膚感作性試験」、眼への影響を調べる「眼刺激性試験」も確認します。

また、神経に対する「急性神経毒性」、末梢神経に対する「急性遅発性神経毒性試験」も義務付けられています。

②農薬が使われた食品を食べた人に対する安全性試験(中・長期毒性試験)

90日程度継続して実施する「中期毒性試験」と、1年以上継続して行う「長期毒性試験」を行います。

中期毒性試験は、1回限りの影響を調べる急性毒性試験とは異なり、ある程度継続して摂取、吸入、付着した場合の影響を調べる試験です。

長期毒性試験は、複数の動物で実施します。試験途中で半数の実験動物を観察し、終了時には残りの実験動物を解剖して五臓六腑など全てを調査し、臓器に影響のない量を算出します。これを基にして、人間が生涯、毎日摂取しても健康に悪影響がないとされる一日当たりの量「一日摂取許容量(ADI)」が定められます。

※ADI:Acceptable Daily Intakeの略

また、農薬が摂取されてがんにならないかを確認する「発がん性試験」、数世代に継続投与して正常に繁殖するかを調査する「繁殖毒性試験」、奇形が生じる可能性を調査する「催奇形性(さいきけいせい)試験」、遺伝子に対する影響を調査する「変異原性試験」、さらに、万一中毒が起きたときに表れる症状および解毒方法や救命処置方法なども確認します。

【コラム:サリドマイド事件をご存じですか?】

1960年前後に、サリドマイドという医薬品(鎮静・睡眠剤)によって起きた薬害事件です。妊娠初期の女性が服用すると、胎児の発達を阻害する副作用が発生しました。被害児の多くは死産となりましたが、生まれたとしても手足の欠損、聴覚、内臓などに障害が表れました。世界で1万人以上が被害を受けました。

マウスなど実験動物の試験では異常がありませんでしたが、その後いろいろな動物で試験を実施したところ、ウサギに同じような症状が確認されました。このことがきっかけで、農薬でも催奇形性(さいきけいせい)試験においてマウス、ラット以外にウサギでも確認することが義務付けられました。このように農薬は新たな問題が起きると、確認試験が追加で義務付けられます。

2. 魚介類や天敵など他の生物に影響がないか(環境に対する影響試験)

魚、貝類など水生生物や、有益な昆虫などに対する影響試験も実施されます。具体的には、魚類、貝類、エビ類に対する影響試験、藻類成長阻害試験などがあります。その他、ミツバチ、カイコ、天敵昆虫や鳥類に対する影響試験も実施します。

3. 生体内でどのような変化を受けるのか(生体内運命に関する試験)

動植物の体内で、どのように排せつされるのか、どの器官にたまるのかなど代謝を確認する試験も実施されます。土壌に対する試験では、土壌中で農薬の成分がどのように分解されていくのか、散布された農薬成分量が微生物などにより分解されて半分の量になる半減期なども調べられます。

4. 植物に農薬がどのくらい残留しているか(作物残留試験)

野菜や果樹などは口に入るため、散布された農薬がどの程度残留しているかを調べる「作物残留試験」を行います。農薬散布翌日、3日後、7日後に加え、2回目を散布したときも同様に残留量をチェックします。これが、農薬のラベルの使用時期に記載されている収穫何日前まで散布できるかを示した「使用時期」の表示になります。

「スミチオン(R)乳剤」のラベルより

5. 病害虫に効果があるか、植物に薬害が出ないか(効果・薬害試験)

病害虫に効果があるかないかの効果試験や、農薬を散布して葉が枯れる、傷むなどの薬害試験も実施します。試験の結果、薬害が発生した植物には使用が認められません。注意事項に記載することも義務付けられます。例えば、「スミチオン(R)乳剤」では「あぶらな科作物にはかからないようにする(薬害)」、「STサプロール(R)乳剤」では「なし(幸水系、晩三吉等)に対して極微量で薬害を生じるので付近にある場合はかからないように注意。更に、本剤の散布に使用した噴霧器などは、なしには使用しない」という趣旨の注意事項が、農薬のラベルの「効果・薬害等の注意」に記載されます。

「スミチオン(R)乳剤」の注意事項の一部

【コラム:農薬の昔と今】

農薬は主に第二次世界大戦後の昭和20年代以降使われるようになりました。当時は食料増産のため効果が重要視され、今から振り返ると危険な農薬も販売されていました。散布中に亡くなる人もおり、農家は自家用の野菜には農薬をまかないという話もありました。

昭和45年(1970年)ごろに女性の母乳の中から残留性の高い(分解しにくい)DDT、BHCなどの農薬が検出されました。牧草に散布→牛が食べる→牛乳を人が飲む→母乳から検出、食物連鎖により濃縮された結果です。これより数年前にアメリカで出版された農薬を含む化学物質に対する警告書『サイレント・スプリング』(和名:沈黙の春、レイチェル・カーソン著)の影響もあり、翌年の昭和46年(1971年)に農薬取締法が安全性や環境に対する影響などさまざまな項目で大改正され、毒性の強い農薬、残留性の長い農薬などはその時点で製造・販売・使用禁止になりました。

この流れは現在も続いており、人畜毒性面では農薬全体の80%が毒劇物に該当しない普通の化学品扱いとなりました。半減期(土壌に散布された農薬が半分の量になるまでの期間)が180日以上かかる農薬は販売が禁止され、農薬の60%以上は半減期が10日以内といわれています。

今回紹介したのは、農薬が世に出るために必要となる試験の代表的なものです。各メーカーでは、安全性や環境面の影響を重要視して開発が進められています。使用者、消費者の安全がいかに守られているかがお分かりいただけましたでしょうか。

次回、第6回は「農薬を選ぶときのポイント」を解説します。

JADMA

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