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連載

連載『自然の力を生かす有機栽培』

内田達也

うちだ・たつや

株式会社いかす取締役。会社員を経て28歳から農業の世界へ。(公財)自然農法国際研究開発センター、霜里農場での研修を経て、農業法人の生産責任者として8年間、実証ほ場、実験ほ場、育種ほ場等で科学的な検証を行いながら農業を実践。2015年3月に株式会社いかすを立ち上げ、有機農業・自然農法・自然農・自然栽培・炭素循環農法・パーマカルチャー・バイオダイナミック農法・慣行農業などさまざまな農法を取り入れ7haを経営する。著書に『はじめての自然循環菜園(無肥料・無農薬で究極の野菜づくり)』(家の光協会)がある。

【第1回】自然が先生、畑が先生 人の役割は作物の育つ環境をそっとサポートすること

2024/12/17

家庭菜園における人の役割とは何でしょうか。第1回は自身の過去の失敗や気づきを得た体験を紹介しながら、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

はじめに

はじめまして、内田達也です。2015年に「株式会社いかす」を創業し、神奈川県平塚市と大磯町に点在する7haのオーガニック農場(有機JAS取得)で、年間約50品目の野菜を栽培・出荷しています。

僕のモットーは「自然が先生、畑が先生」。栽培における人の役割は、作物・土壌・環境の三つの特性を知り、これらが紡ぐ循環の仕組みを生かして、作物の力が最大限に発揮されるようにサポートすることだと考えています。

この連載では、こうした考え方をベースに、有機農法の手法や、僕が野菜作りで日々実践していることの意味を、自分なりの考えで紹介していきたいと思います。まずは、僕がこのような考え方と栽培方法に至った経緯をお話しましょう。

脱サラして農業の世界へ

そもそも僕は28歳で脱サラし、未経験から農業の世界に飛び込みました。まず農業を基礎から学ぶため、(公財)自然農法国際研究開発センターの研修生になり、「育種」のコースを選択しました。まったくの「ド素人」だった僕にとってその奥深さは衝撃の連続で、科学的で再現性の高い技術を目の当たりにできたことが自身の糧になったと思っています。

さらに、埼玉県小川町下里集落で伝統的な有機農業を営む金子美登さん(故人)の霜里農場で1年間住み込みの研修。その後、農業法人で8年間働いて経験を積んだ後に、仲間とともに「株式会社いかす」を立ち上げました。

害虫が大発生! キャベツがボロボロに

これまでに多くの失敗をしてきましたが、そこにはいつも学びがありました。中でも衝撃的だったエピソードをご紹介しましょう。

農業法人で有機農業を始めた1年目のことでした。それまで、すごい先生方が無農薬でいとも簡単にピカピカの野菜を育て上げるさまを間近に見てきましたから、「有機農業は簡単だ。しかもこれだけ学んできた自分が、失敗するわけがない」と当時の僕は自信満々でした。

ところが、20aのキャベツ畑で防虫ネットを外した途端、虫が大量発生して、すさまじい害虫被害が出てしまったのです。約6000株ものキャベツの害虫を手で捕らえるなど不可能です。現在なら天敵微生物を利用するBT剤といった、有機JAS登録の農薬を使うのも選択肢の一つですが、当時の僕はそれさえも使いたくない、農薬は絶対に使わないというかたくなな思いがありました。

防虫ネットを外した途端、害虫被害が出てしまったキャベツ

失敗が示してくれる “発見”

ボロボロのキャベツ畑の前でじだんだを踏み、悔しさのあまりに号泣しました。毎日なすすべもなく、虫に無残に食われるキャベツたちをただ見ているしかありませんでした。食害されることで植物から発せられる、独特の「臭み」も体感しました。

しかし、そのうちに驚くべきことが起こりました。なんと、大繁殖していた害虫を宿主にする寄生バチが発生し、自然に被害が収束していったのです。もはやキャベツは出荷できない状態でしたが、ここで大事な学びを得られました。

それは、仮に作物にとって悪い事象が発生しても、生態系が自然にバランスを取ってくれるということ。たとえば施肥が過剰になれば、一時的に害虫被害が発生します。しかし、放っておくとやがてその害虫を抑えてくれる天敵が発生し、均衡のとれた状態に調整しようとする作用が働きます。こうした自然の仕組みが、実際の経験によってよりはっきりと見えました。

草木が生い茂っていた開墾前の畑。開墾も自然の力を生かすことが重要。

“連作”による環境形成作用

僕はめげることなく、同じ場所で2年目、3年目とキャベツを連作しました。夏は間作として有機物の補給のために草丈3~4mになるイネ科の大型緑肥作物、ソルゴーを育てて毎回すき込みました。すると、キャベツの作柄がどんどんよくなっていったのです。4年目、5年目はソルゴーをトウモロコシに替え、同じように残渣※(ざんさ)をすき込み続けました。

※残渣…野菜の収穫後に残る茎や葉、根

作柄がどんどんよくなっていった理由は、キャベツによるキャベツのための環境形成作用です。毎年キャベツを育てている畑には、キャベツの残渣を好む土壌微生物が集まって、有機物の分解スピードがどんどん速くなります。最終的にその畑は、ピカピカのキャベツが収穫できる畑になりました。キャベツの葉脈の美しさは根張りと相対し、より多くの命と関わって育ったことの証拠です。

ニンジンは間引くことで大きくなるか?

もう一つ大きな学びを得られた出来事が、(公財)自然農法国際研究開発センターの研修生だったときに、指導担当の先生であった石綿薫さんのもとで経験したニンジンの間引き実験です。

ニンジンは発芽率が高くなく、雑草にも弱いので、多めに種をまいて間引きながら少しずつ株間を広げていく栽培が基本です。しかし、早い段階で株間を広くした方が、1株当たりが補給できる養分が増えて、より大きくなるのではないだろうか?

そこで同じ土壌条件の畑に1cm間隔でニンジンの種をまき、3回に分けて間引いて最終株間を10cmにする「A区画」、1回の間引きでいきなり株間を10cmに広げる「B区画」をつくって生育を比較しました。

その結果は、少しずつ間引いたA区画のほうがB区画に比べて1.5倍も大きくなり、収量が増えたのです! これはニンジン同士が、単に養分を奪い合うのではないことを示しています。

左がA区画、右がB区画(写真/石綿薫)

与えるからこそ与えられる

そもそも植物は光合成生産物の10~30%に当たるアミノ酸や糖を、根毛から土中に放出しているといわれます。これを求めて植物の根圏には土壌微生物が集まり、土を肥やしてくれます。つまり、「与えるからこそ与えられる」。より数多くのニンジンの根が伸びることで、土中により多くのアミノ酸や糖が供給され、それを餌とする土壌微生物が集まるという大きな物質循環が発生したために、複数回に分けて間引いたニンジンの方が大きくなったと考えられます。

ニンジンだけではなく、あらゆる動植物たちはただ生きているだけで、与えながら与えられ、大きな循環を生み出しています。畑を観察することで、こうした仕組みがはっきりと見えてくる過程は、やはり面白いと思います。

すべては仮説。答えは自然がくれるもの

こうして僕のたどり着いた結論は、循環の仕組みを知って、自然にも人間にも負荷の少ない農業をするのが、一番、理にかなっているということです。農業、とくに有機農業では、そこにある自然の仕組みを生かすことが肝心です。例えば、植物の根に菌根菌が共生する仕組みを生かすためには、多肥でない方がいいという考え方があります。

生態系の循環のじゃまをせず、どれだけ野菜のポテンシャルを引き出せるかという観点が大事だと考えます。栽培における人間の役割は、作物、土壌、環境の特性を理解し、作物の育つ環境をそっとサポートすることです。大事にしている考え方は、「すべては仮説。答えは自然がくれる」ということ。畑では自分の行いが、すべて答えとなって返ってくるのです。

適地適作がいちばんの失敗しらず

最後に、僕が家庭菜園の講習会をするときに伝えている、畑づくりの五つのポイントを紹介しておきます。まず一つ目が「季節性」。これは、もちろん適期適作のこと。野菜にはそれぞれ原産地の性質を引き継いだもっとも育ちやすい季節があり、さらに品種改良によって原産地とは異なる適期を得たものもあります。各品目や品種に応じた適期に逆らわないようにすれば、一番失敗なく、おいしく、かつ容易に育てられます。たとえば同じ品目でもエダマメは極早生から極晩生まで多様な品種があり、品種選択を間違えるとうまく育ちません。その季節に合う選択をすることが必須です。

二つ目が「多層性」。これはとくに家庭菜園では重要な要素となる、“空間の有効利用”です。背の高いものと低いもの、日当たりを好むものと日陰でもよく育つものを組み合わせることで、狭い面積でもたくさんの野菜を育てられます。例えば、サトイモの大きな葉陰に半日陰を好むショウガを配置するなど、相性のよい野菜の考え方を取り入れるとよいでしょう。

家庭菜園ならではの楽しみ

三つ目の「多様性」とは、生態系の多様さです。多くの種類の動植物を生かすことで、特定の害虫や病原菌が爆発的に増殖することを天敵が抑えてくれます。また、相性のよい作物を混植、あるいはうね間で緑肥作物のエンバクなど別の作物を栽培することで生態系が多様になり、病虫害予防や生育促進を図れます。これは家庭菜園でより大事にしたい観点です。

ミニトマト「アイコ」

四つ目の「連続性」とは、自然の循環を止めないこと。次々と栽培を続けることで、土中の生態系循環が途絶えることなく、前作で形成された土壌環境をうまく活用できます。勢いよく回っている循環の輪に乗っかるイメージです。たとえばカブやコマツナを収穫したあと、1週間~10日以内にトマトの苗を植えれば、カブやコマツナの根圏に集まった土壌微生物がトマトの生育にとってプラスになるといった状況も生まれます。

コマツナ「わかみ」

農業に正解なし。とことん楽しもう!

そして五つ目がもっとも重要、あなたの「個性」です。農業に正解はありません。どのような畑をつくりたいのかは、あなた次第。失敗をしたとしても、それは単なる失敗ではなく、“発見”です。農の世界は奥深く、それに携わるということは非常にクリエーティブなこと。自由に、僕たちと一緒に楽しみましょう!

今回は、栽培における人の役割は何か、僕の体験とともにお話ししてきました。皆さんの家庭菜園でも、「自分がなんでも世話してあげなければ」と過保護になるよりは、自然の循環力を借りて、作物が自らの力を最大限発揮できるようにサポートする、くらいの気持ちで取り組む方が気楽かもしれません。

次回は、作物のポテンシャルを引き出すための基本となる、土についてお話しします。

文:加藤恭子 写真協力:高橋稔

JADMA

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